黒檀十字架オラトリオ ーtreー
C.C.と呼ばれた少女は、突然の来客にも頓着せず、まだ眠そうにしていたが、それでも名乗りを挙げた青年に少しは興味を持ったらしい。ふうん、と鼻を鳴らすと、気だるい仕草で寝乱れた髪を掻きあげた。
「ローマはやっと動いたか。遅いな、遅すぎる。もう世紀末も過ぎてしまったというのに。それに、・・・・・お前一人か?」
少女の金色の眼が光を反射して光る。不思議な眼だ。見ているとその中に吸い込まれて、どこか知らぬ世界へ連れ去られてしまいそうな気がする。視線を逸らせなくなる。まつげの下から冷気が流れ出てくる。それが少女の全身を包んで、ほのかに発光するようだ。人間は絶対にこんな目はしていない。そう、絶対に。
「ああ。僕ひとりだ。 君は自分の生命を、ヴァティカンとローマン・カトリック教会の手の下にゆだねるつもりがあるか?」
「いや。こんな田舎までわざわざご苦労なことだったが、残念ながら私はまだ、死ぬつもりも永遠に幽閉されるつもりもない。」
「そう。しかしヴァティカンと神の代理人たるローマ教皇は、大聖年の年に君を抹殺することを決定した。実行までには時間がかかったけれども。それは我々の教会における、久しい懸案事項だった。」
「ふうん?」
「この決定が正しいことなのかどうか、僕にはわからない。でも、命令に違反することもできない。君の敵は君を倒すための力を手に入れた。」
「・・・・・・。」
C.C.は何も言わない。見た目はただの少女だ。今年で25の歳を数える自分よりもよほど幼く、まだ成人すら迎えていないような。
スザクは握り締めていた右手を、掲げて開いた。薄布に包まれた、手のひらにすっぽり収まる大きさの欠片。
「神の子の血を受けた聖遺物。ロンギヌスの槍だ。」
そう。スザクに、今回の密命とともに授けられた吸血鬼と対峙するための切り札。
ヨハネ福音書にあるロンギヌスの槍。十字架にかけられたイエスが絶命した後、ひとりの兵卒が脇腹を刺すと血と水がほとばしった。そして、福音書にはない伝説も残っている。イエスを刺した男、その兵卒こそローマ人の百卒長ガイウス・カシウス・ロンギヌス。イエスの血を浴びて、彼の白内障に冒されていた目はたちまちに癒された。男は叫ぶ。「実に彼は神の子なり」と。
現在ウィーンのホフブルグ宮殿に展示されている、ロンギヌスの槍。あれは本物ではない。人気のある聖遺物と同じに、千年ほど前に作られた複製。この欠片こそが本物の「ロンギヌスの槍」の一部なのだと、スザクに密命を与えた男は言った。
伝説に残る、霊験あらたかな聖遺物。ただの一修道士であるスザクに託されたこれが本物であるのかどうかはわからない。しかし、手の上の欠片は確かな熱を持って存在し、確かに霊的な力を持ったものであることが感じられる。只人ならば、この欠片ですら素手で持つことはできないだろう。だからこそ、これは枢木スザクに託された。
掲げたそれを握り、少女に向きなおる。握り締めた右手を構え、強く踏み込んで腕を突き出す。何の構えもなく突っ立っている少女にその右手は叩きつけられるはずだった。しかしその体に届く直前で、スザクの手は阻まれた。突き出た切っ先をC.C.が素手で握りこむようにして受け止めている。
スザクは驚愕に目を見開いた。
目線を合わせてきたC.C.の赤い唇が、にい、と歪む。
「お前などの力では、到底無理だよ。枢木スザク。ルルーシュ神父の最後の弟子。」
しかし、C.C.の欠片に触れているところから、じりじりと皮膚の焼ける音がする。ぶすぶすとわずかに焦げたようなにおいがし始める。
「せめて、この槍が完成していれば違ったのかもしれないが。この程度では、肉が焼けるくらいの威力しかない。私には、特にといって問題になるほどではないな。
それにしても、欠片とはいえお前程度の能力者に本物の聖遺物を託すとは。教会の人材不足もたいしたものだな。それとも、お前ならば私にたどり着けると確信した上での判断か。・・・・どちらにしても、このプランを立てたのがとんでもなくいけ好かないクズであることは確かなようだ。」
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