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黒檀十字架オラトリオ ―dueー




魔物の住む屋敷で訪問者を出迎えたのは、柔和な面立ちの少年だった。まだ年若く、ブレザーかTシャツでも着ていれば中学生くらいに見えるのだろう少年は、黒いお仕着せを着ていた。古めかしい屋敷のエントランスを背景に立っていると、そこだけ現代ではないようだ。数世紀前の西洋か、大正・明治時代にタイム・スリップしたかのような錯覚を起こす。少女のようにかわいらしい容貌を、さらに甘く綻ばせていた少年は、ふと何かに気付いたように目を見張った。少年は流れるような動きで訪問者に近づいてくると、くんと鼻を鳴らした。



「マスターの匂い。」


ぽつりとこぼした言葉は、意味不明なもの。

「え?」

「スザク・クルルギ?」



「・・・・・・!!」
この少年とは初対面のはずだ。なのに、どうして。

「なぜ、僕の名前を?」
どうして知られている。本名を言い当てられた青年は、警戒して身構えた。しかし、そんな相手を後目に、少年は手を打って喜んだ。


「わあ、本当に!?本当にスザク・クルルギ?すごい!今日は朝から何かいいことがありそうな気がしていたんです!昨日は降水確率70%だって天気予報で言っていたのに、今日はこんなに良いお天気になったし、おかげで洗濯物も外に干せるし、試しに買ってみた新商品の柔軟剤はすごく好みの香りだったし、さっきは茶柱だって立っていたんです!」


「ちょ、ちょっと、君、・・・」

腕をとられて興奮気味にまくしたてられ、青年――スザクは困惑した。そもそも、少年とスザクとは初対面のはずだ。そして、スザクは所属するキリスト教教会からの極秘任務を受けてこの館を訪れた。任務の内容を聞くまで、この家どころか街も、一切を知らなかった。共通の知人だっていないはずだ。少年が口にした名前、スザク・クルルギ―――枢木スザク―――が示すとおり、スザクは列記とした日本人だ。だからこそ今回の日本での任務派遣なのだろうが、スザクが日本にいたのは14の歳までで、それからはイタリア・ローマに住んでいた。休暇に数日間日本を訪れることも何度かあったが、それも3年前にぴたりと止んだ。もう何年も日本の土を踏んでいなかった。それに、日本にいた頃だって鎌倉を訪れたことは一度もない。見た目14・15歳に見えるこの少年と自分の接点は、何ひとつないはずだった。







「さあどうぞ、ブラザー。お客様をいつまでも外にいさせるわけにはいきません。」

「え?あ、いや、」

少年は、にこやかにスザクの腕をとったまま、屋敷の中へと導いた。戸惑って腕を引こうとするのだが、見た目よりも力があるのか、細い腕でぐいぐいと引っ張っていく。その顔は相変わらずひどく嬉しそうだ。彼を知らないスザクには、なぜそんなに歓迎されるのかわからない。少年は、知っているのだろうか。スザクの所属する教会のこと、スザクが何者であるのか、そして秘密裏に受けた密命のことを・・・・。

「君は一体、どこで僕の名前を・・・・・」

疑問を口に乗せた、その時だった。




「なんだ、騒がしいな。」

あくび混じりの、面倒くさそうな若い女の声。それは、スザクが引っ張られて踏み込んだエントランスの奥。アンティークな造りの階段の上から降ってきた。それに、少年はぱっと顔を輝かせて反応する。


「C.C.!!ほら見てよ!」

(C.C.?)
少年が呼んだ、その人の名前というよりはコードのような呼称に、スザクは眉を寄せた。どくり、と心臓が一際大きな音を立てる。腕はまだ少年に引かれたまま、ゆっくりと顔を上げた。


階段を気だるげに下りてくるのは、不思議な緑色の髪をした少女。客がきたというのに、シャツだけを身につけただらしない姿で、くぁあ、と緊張感のないあくびをしている。見た目には、ただの少女にしか見えない。しかし、あくびのために目じりに涙を浮かべたその瞳は、金色。それが目印だと、スザクの上司は言った。






「それ」はヒトに擬態している。しかし、人ではない。その証拠に、黄金の血を受けた証がその身にある。目を見ればわかる。伝承によれば、それは見つめていると魂を抜かれるような、鮮やかな黄金色。しかし、それは死に逝くものの、生きるものの光を宿してはいない。恐ろしく深く、しかしひどく澱んでいる。人間ではない。言葉で言われても、今は理解できんだろうが。見れば、わかる。






(灰色の、魔女)

主・イエスの血を啜って永らえた吸血鬼。

(キリスト教会の、仇敵)

階段を降りきった少女に向かってスザクが足を踏み出すと、腕の拘束はあっさりと解けた。しかし、横にいる少年は止めるのでもなく、なんなんだと口にすることもなく。一歩下がって、無言で少女とスザクをじっと見つめた。
その視線を感じながら、スザクは少女と対峙する。二人の間が二歩分ほどの距離になったとき、眠そうに目を擦っていた少女はやっと目の前に立つ男を見た。

「君が、C.C.?」

「ん?」
自分より背の高い、殺気にも似たものを放つ男に見下ろされている少女の声は、何の警戒も抱いていないように穏やかだ。




「僕は、枢木スザク。ヴァティカン教理聖省から派遣されてきた修道士だ。君を、イエス・キリストの黄金の血を受けていまにいたるまで生きているという吸血鬼を、葬り去るために」






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スザクの名前が洗礼名ではありませんが、仕様です。(洗礼名が思いつきませんでした。でも彼はきちんと洗礼を受けているはずです。)

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あきゅろす。
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