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黒檀十字架オラトリオ ―uno―
















そのものは二千年前のパレスチナに生きていた。
姿のない飢えた悪霊のようなもので、それが赤子であったイエスの血を啜った、
そのものの主張するところによれば、貴い御憐れみによって血を下された。
そして神の子の血を啜った吸血鬼は、その恵みにより飢えも衰えも知らず
永遠に死なない肉体を得たというのだ。








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古都・鎌倉。人目を憚るようにして、住宅地や観光地とは離れた場所に、ひっそりとその館はあった。古い造りの、白亜の洋館。その、白い鉄製の門の前に、青年はいた。黄色人種特有の肌の色、アジア人にしては色素が薄い、茶色の髪。緑の目。まだ若い東洋人、恐らくは日本人だ。スーツでも着ていれば営業マンで通りそうだが、彼が身に纏うのは、キリスト教教会の僧らしい黒い法衣だ。ひどく質素な服装の中で、きらりと特別光るもの。黒檀の十字架だった。


青年はすい、と視線を上げ、目の前に建つ大きな建物を見上げる。不思議な館だ。確かに目の前にあるのに、形を捉えようとするとゆらぐような。実際に揺れるわけではない。イメージが揺らぐ、というのだろうか。家の外観を言葉で説明しようとすると、そのヴィジョンが、言葉が頭から逃げていく。目ではたしかに見ているのに。存在は認識できるが、はっきりと知覚できない。陽炎のような、不思議な館だった。

一度ゆっくりと深呼吸をして、胸の高さまである鉄製の白い門に手をかけた。吐き出した息も、手も細かく震えていたが、無視をする。繊細な細工の施されたそれを、押し開いた、そのとき。








――――――――・・・・・・・・・。







青年は、耳のすぐ横で、何かの膜が裂けたような、ガラスの割れるような音を聞いた。驚いて振り返るが、あたりを見回しても誰もいなかった。

(何を恐れているんだ。)
緊張のしすぎで、敏感になっているのだ。ありもしない音を聞いたりして。
(怯えるな。)
まだ足を踏み入れてもいない。胸の十字架に手を当てて目を閉じ、お導きを、と祈りを囁く。もう一度深く呼吸すると、今度こそ青年は館の敷地に足を踏み入れた。



門から館の玄関までは石が敷かれて、大分長いアプローチになっていた。歩きながら目を配る。庭はよく手入れされているようで、花壇はないが、淡い色の花や木が、自己主張しすぎない程度に、何箇所かにまとまって植えられていた。広く、濃い緑の庭。白い洋館はその中にあって一層映えた。
明治あたりの貴族趣味だろうか、華美ではないが、意匠を凝らしたテラスや窓の造りは見事だ。門を通るまではぼんやりと全体像を捉えることさえできなかったが、今は細部まではっきりと見ることができる。
(そういえば昔話でもあったな、こんな家。)
幽霊や狐狸妖怪の類の棲む家。迷いこんだ旅人たちは、大抵悲惨な目に合うのだ。
(化け物、か。間違っちゃいないけど。)
この屋敷に住まうのは、もっと禍々しいものだ。
ここは、魔物の棲家。
随分年代を重ねたのだろう古めかしい屋敷。


(呼び鈴はあるのだろうか。)
なんて、いささか場違いなことを考えてしまったのは、ちょっとした現実逃避だ。心臓の音がうるさくて、何か他のことに意識を移していなければ歩みを止めてしまいそうになる。
玄関に辿りつく、その数歩前。何の前触れもなく、ギイ、と重い音をたてて、木製の扉が内側から開いた。






「ようこそおいで下さいました。御主人様はただ今お休みになっていらっしゃいます。よろしければ、ご用件を伺っても?」



濃い色の扉の向こうから現れたのは、少女と見紛うような容貌に柔らかな笑みを浮かべた、小柄な少年だった。







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CPはない、かもしれませんがよろしければお付き合いください。ルルーシュ総愛され。

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あきゅろす。
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