1 細身の長身。 痛みまくった短い茶髪。 つりあがった奥二重の目。 ピアスだらけの耳。 薄い唇。 街を歩いてるだけで不良に絡まれまくるその風貌。 逆に相手を叩き潰した、なんて武勇伝じみた噂は後を絶たず。 噂の中には、実はヤクザの若頭だとかいうのもある(んなアホな)。 暴力沙汰の常習犯、校内じゃ一、二を争う問題児。 そんな西野 千里は、実は超のつく、マゾヒストだ。 そして俺の、唯一無二の親友でもある。 恋 愛 マ ゾ ヒ ス ト 4時間目の終わりを告げるチャイムが、校舎に鳴り響く。 その音に浅い眠りから呼び戻された俺は、ゆっくりと目を開けた。 一番に飛び込んでくるのは、すぐ横の窓の向こうからの日光。 それに思わずまた目を閉じて、何度か瞬きを繰り返した。 すぐに光に慣れた目に見えた空は、高く、青い。 (………また、外か?) 今の季節、暑いからあまり外は好きじゃない。 寝惚け頭で、ぼおっとそんなことを思う。 「きりーつ、気を付けー、れー」 号令が教室の真ん中あたりから聞こえたが、眠気が残る体を動かすのはだるくて、俺は机に突っ伏したままでいた。 ガヤガヤとうるさくなる教室(否、校舎)。 外からの音が、まだ起きたての耳には、少し痛い。 「さーとーし」 「起きろー、昼休みだぞー」 「…………ん、起きてる」 同じクラスの友人たちが、俺の肩や頭を叩いたり揺すったり。 寝てると思われているようなので、俺はゆっくり顔をあげた。 オハヨ、と言う彼らに同じように返して、俺は教室の後ろの扉に目を向ける。 開け放たれたそこからは、ちょうどこのクラスの女子が二人、財布を持って出ていくところ。 多分、購買にでも行くんだろう。 ……俺も後で、行かなければ。 「聡ー、今日もー?」 友人の中で一番小柄な迅(じん)が、俺の机に突っ伏しながら、顔だけは上げて聞いてくる。 何が、とは言われずともわかってる。俺は苦笑した。 いくらか拗ねたような顔をした迅や、他の三人の手の中には、コンビニの袋や弁当箱。 「ああ」 「じーんー」 「そんな拗ねんなよ」 「ただでさえガキっぽいのに、余計ガキっぽく見えんぞ」 「いいや、俺は拗ねる。俺ら、最近ほとんど聡と一緒に飯食ってねえじゃん」 そんでコウは死ね。 最後にそう付け足す迅に、俺はさらに苦笑。 タカとマサはまあたしかに、と言いながら、宥めるように迅の頭を撫でまわす。 コウは少し凹んでる。 いつもなら、コウを凹ませればなぜか多少機嫌の良くなる迅だが、今日は違うらしい(たまにそういう日がある)。 「お前らも来るか?」 答えはわかっていながらも、俺は問うた。 途端、それまでバラバラの表情をしてた四人の表情が、綺麗に揃う。 わかっていた反応とは言え、……いっそ清々しいくらい、あからさまなやつらだな。 「カンベンしてくだされ」 「冗談キッツいぜ、聡くん」 「さすがの俺もあいつとはちょっと…」 「つか俺、あいつ嫌いだし」 「…いや、迅のそれはただのヤキモチだろー!」 「うっせマジで死んどけコウ」 「………なんかこの子今日一段と俺の扱い酷いんだけど…」 「愛情の裏返しジャネ」 「ジャネ」 あいつも随分敬遠されたもんだな、今更だが。 そう思いながら、ふと例の扉にまた目をやる。 丁度、その時。 噂の人物が、廊下の向こうから走ってきた。 あ、と思った瞬間、教室の中の俺と目が合い、瞬間奴は、満面の笑みを、浮かべて。 「聡!メシ!!」 …幼稚園児の「先生!トイレ!!」と同じテンションで、そう言った。 ………ここは俺も、「先生はトイレじゃありません!!」なノリを返した方がいいのか? いや、絶対にしないが。 「……千里」 そう親しげに下の名を呼んだ俺に向けられる周りからの好奇の目。いつまで経っても慣れない。 けれど、あいつ――千里に向けられる目には、好奇に加えて、さらに嫌悪や恐怖までもを孕んでいる。 にも関わらず、千里は何事もないかのように笑って、扉の横で俺を待っている。 (よくこいつ、こんなものを正面から受けて笑っていられるな) だけど、千里はいつも絶対に、教室には入ってこない。 俺はこれ以上この不快な視線の中にいたくなくて、ゆっくり席を立った。 「お前、飯持ってるのか?」 「おー、朝コンビニで買ってきたぜー」 「そうか。俺は今から購買で買ってくるから、先に行っててくれ」 今日もどうせあそこがいいんだろ? そう鞄から財布を取り出しながら、少し声を張って言えば、千里は一瞬きょとんとした顔をする。 それからすぐに、にっと笑った(なんてワイルドな顔だ)。 「おう。じゃ、先行ってる」 「ああ」 ひょい、とすぐに踵を返す千里。 その細い背中を少し見送ってから、俺は迅たちに視線を戻した。 タカとマサは微妙そうな顔をしているし、コウは迅をつついてる。 迅はさっきより不機嫌そうだ。 「……じゃ、あとでな」 「おう」 「いてらー」 「ほら迅クーン、お見送りしなくていいのー?」 「………西野むかつく」 ぐりぐりわしゃわしゃと三人に揉みくちゃにされた迅の頭は、すでにボサボサだ。 俺は周りからの変わらない好奇の目と、変わらない友人たちの反応に、また苦笑する。 そして、迅のボサボサの頭を一度くしゃっと撫でてから、教室を後にした。 今日の昼食は、パンの気分だ。 [戻る] |