15 「……好きな、んだ、」 固まって何も言えない俺に、絞り出すように、もう一度、森下は言う。 「ミキが好きなんて、嘘だ。ミキに先輩をとられるのが怖くて、……ごめん……ッ」 そう言うと、森下は、両手を俺の手ごと、額にあてた。 少し俯くその顔は、だけど真上から見下ろす俺には、見えてしまう。 森下の睫毛を濡らすのは、紛れもなく、涙でしかなかった。 「………それこそ嘘、だろ?」 声が、震える。嘘だと思った。 都合のいいセフレをなくさないための、優越感に浸る道具をなくさないための、嘘だと。 だけど、……だけど。 「これは嘘じゃないよ、……好きなんだ……」 ごめん、だけど信じてよ、先輩がすきだ。 そんなこと言われても、今更信じられるわけがない。 第一、信じられる根拠がどこにもない、何も信じられない。だって森下の話は、矛盾だらけだ。 ああ、 それなの、に。 「………すきなんだよ……」 ずっとずっと欲しくて仕方なかった言葉は、俺の心を震わせて、手放せなくさせる。 「……からかって、んのかよ、?」 だけど半ば無理矢理に、否定を吐き出した。 その言葉が本当なはずは、ないから。 それくらい俺にだって、わかるから。 「………すき」 「うる、さ、い」 森下は、それしか知らない子供のように、何度も何度も、同じ言葉を繰り返す。俺の指先を握る手が、震える。 ずっと欲しかった言葉、与えられるはずのない言葉、小さく震えるその体。 ぐらぐらと頭ん中が揺れて、わけがわからなくなる。 (ただ、お前からのその言葉だけが、すべてになって、) 「……すき、……ずっと、ずっとずっと、好きだった……」 「……っうるせえ、って……ッ」 好きだった?笑わせるな。 本当にお前が俺を、俺と同じように思ってくれてんなら、どうしてあんな関係にしかなれなかった? どうして、あんな嘘を吐く必要があったんだよ。 そう思っても、それを口に出すことは叶わなかった。 否定したくない、与えられたその言葉を、仮初めのものでもいい、手放したくなかった。 (こんな言葉に、意味なんて、なくても) 「……せんぱい?」 黙ったまま何も言わない俺を訝んだのか、森下がゆっくり、俺を見上げた。 目があった瞬間強張る体。 だけど、ゆっくり向けられた声は、優しくて、優しくて。 思わず、森下を見たまま、その場にズルズルとしゃがみこむ。 「せんぱい……?」 「……っ……」 優しい臆病な声。 俺を呼ぶ、聞き慣れた愛しい声。 その声で、そんな風に呼ばれたら。 ……もー何が本当で何が嘘だか、わかんなくなる。 「松本先輩?」 「っよ、ぶな」 呼ぶな。呼ぶな。呼ばないでくれ。 お前の言葉なんか信じたくない。 お前の言葉なんか信じちゃいけない。 好きだなんて、今更、ありえない嘘だから。 ああ……だけど。 「先輩、」 だけどこんなに、森下の声が、優しいから。 (……自惚れ、そうになる) (信じたく、なる) 「……先輩?」 離れない手。優しい声。目の前の瞳にうつるのは、情けない顔をした俺だけだ。 ……思わず、は、と笑みが、こぼれた。 森下の目が、丸くなる。 「……お前のことなんて、好きになりたくなかった」 言葉を紡いだ自分の声には、内容とは裏腹に一切の棘がない。 「……うん」 森下は、ゆっくりと目を細めて、唇を噛み締める。 「馬鹿だし、ぬけてるし、ヘタレだし、そのくせドSで我が儘だし」 「……うん」 「痛ぇっつってんのにヤるのやめねえし、俺に佐上のかわりさせやがるし」 「……うん」 「その上、佐上が好きなのは嘘? 俺が好き? 俺を傷付けたくなかったから? ……意味わかんねーんだよ、嘘ばっかじゃねえか」 「……うん」 「ドS、鬼畜、……馬鹿野郎……」 ぐ、と言葉を詰まらせる森下。 よく俺がこいつに怒るたび、こうやって唇噛み締めながら俺を見上げてきたっけ。 涙がまた溢れて、なぜだかまた、笑えた。 「……せん」 「だけど」 ← [戻る] |