8 誰もいない6月の屋上に、俺の声が響く。 佐上は、黙っていた。だから、俺は続けた。 どこまで言っていいのかわかんなかったけど、とにかく、言わねーとって思ったから。 「そいつのことが、……すげぇ、好きだった。だから佐上の想いには……応えられなくて」 佐上の顔は見れなかった。涙が滲んだ。 好きだったんだ、無意識にまた、口走る。 (森下、) 「……先輩」 佐上が、小さく俺を呼ぶ。 だけどその声は以前のように揺れてはいなくて、俺は佐上を見た。 佐上はうっすら涙を浮かべながら、笑う。 「好きなんですよね」 佐上の言葉に、俺は顔を背ける。 出来るなら逃げ出したい答えだったのに、佐上の声は俺を追ってきた。 「今も、まだ、……好きなんですよね?」 「……」 「その人のこと……、カズの、こと」 佐上の口から出た名前に、俺は再び、佐上を見た。 真っ直ぐすぎるその目に、迷いや疑いはない。 ああ、と思って、俺は苦笑した。 やっぱり、気付かれてた。 「……参ったな」 屋上のフェンスに背中を預けながら、俺はそう言うしかなかった。 かしゃん、と後ろで軋むフェンス。 佐上は、真っ直ぐ俺を見ている。 「……気付いてたんですか?」 少し驚いたように、佐上が言う。 俺は自嘲気味に笑いながら、「ごめんな」と謝った。 「少し前から」 本当は少し前から、俺は気付いていた。 気付かないふりをしてたけど。 気付かないふりをして、逃げていたけど。 本当は、佐上が俺の想いに、気付いてしまった、ことに。 「……カズには、伝えないんですか」 佐上が、静かに静かに言葉を紡ぐ。 俺にはありえない、その発想。 俺は笑った。 「言えると思うか? そんなこと」 言えない。言えるわけがない。 そんなことが、出来るなら。 想いを告げることだけでも、叶うなら。 おれはもっと早くに、あいつに想いを、打ち明けていた。 「あいつに言うつもりは、ねえよ」 このまま、ずっと、いつまでも。 この身を焦がすような想いを隠したまま、抱えたまま。 俺の言葉に、なぜだか佐上は辛そうな顔をした。 そして、やっぱり表情と同じく苦しそうな声で、言う。 「そんなの、……そんなの、駄目ですよ……っ」 だって、それじゃ先輩が報われない。 そう言う佐上は、本当に優しくて、綺麗だと思う。 俺とは、大違いだ。 そんな彼女だから、森下は、佐上を好きになったんだろう。 だから。だから、こそ。 「そんなの、私嫌です……先輩だけそんな、辛い想いするなんて……ッ」 「佐上」 「カズだって、きっと、」 「佐上」 俺のことなのに、必死で言い募ってくれる佐上。 その言葉を遮ると、佐上は俯いていた顔をあげた。 泣きそうな顔をしてる佐上に、俺は、笑った。 (笑うしか、できなかった) (これでいいのだと、笑うしか) ← [戻る] |