7 * * * * * * 「松本先輩!」 休み時間。 どうにも夢見が悪かったせいか、かなり気分が落ち込んでいて、ダチと戯れる気分じゃなかった俺は、近寄ってくるヤツラを追い払い、1人席に座っていた。 窓際のこの席は、空が綺麗に見える。 何をするでもなく空を見て、ぼおっとしていた俺を呼ぶ、声。 声のした方を見れば、そこには、 「さが、み」 驚いて、乾いた音しか、出なかった。 クラス中の視線が佐上に向けられていて、それなのに佐上は動じず、凛として教室のドアに立っている。 どうにかしねーと。そう思うのに、体は動かなかった。 「……さ、佐上ちゃんじゃーん! ちょっと待ってねー今こいつそっちやるからさあ!」 「っあ、ちょ、おい……っ」 この空気に耐えかねたダチの1人が、乱暴に俺の腕をとり俺を立たせ、佐上の前まで連れてく。 「ありがとうございます、すいません」と笑う佐上に、そいつはへらりと笑い返した。 そして体が上手く動かないまま呆然としてる俺の背中を、一度バン!と叩く。 「いッ……てめ、」 「……ちゃんと白黒はっきりつけてこいよ」 そして文句を言おうとした俺の耳元でぼそっと囁き、そう言った。 驚いて言葉も出ねえ俺に、またにぱっといつもの軽い笑顔を向ける。 「ほらほらっ、なんか話でもあんしょー? 3年の廊下に2年てただでさえ目立つからさー屋上でも行ってこいっ」 「君ら無駄に容姿良いから余計ー」と階段の方へ背中を押され、俺と佐上は階段へと向かった。 階段を降りながら振り返ると、ヤツが手を振っていた。 その姿とさっきの言葉に、俺は全てを悟った。 「……あいつは……」 思わず、ため息が溢れる。 どうやらサッカー部キャプテン殿は、全部なんとなく察していたようだった。 俺の気持ち、佐上の気持ち、森下が部活に来ねえ理由……。 不安そうに俺を見てくる佐上。俺は、小さく一つ頷いた。 内心で、ヤツに感謝をしながら。 「……屋上に行こう。あいつの言うとおり、ここじゃ目立つから」 ――逃げてばっかじゃ、駄目だ。 あれからずっと逃げてた、はっきりした答えを求める佐上の言葉からも。 そして、俺と森下の、関係からも。 * * * * * * 屋上に着いた時、そこには誰もいなかった。 それを確認した瞬間、チャイムが鳴る。 4限が始まったようだ。 「あの、……ごめんなさい、授業サボらせてしまって」 申し訳なさそうに、佐上が頭を下げる。 「いい。俺が悪ィんだし」 佐上にこうするしかなくさせたのは、俺だ。 佐上との一件があってから、俺は佐上を避けていた。 佐上が昼休みの度に俺を探してるのを知った俺は、毎日どこかしらに逃げて、放課後も部活を言い訳に、佐上を近寄らせなかった。 我ながら最低だとは思うが、佐上には森下とのことを知られたくなかった。 「……あの」 「あ?」 「一緒に来てくれたってことは……話をしていいってこと、ですか?」 佐上の真っ直ぐな瞳に、俺は一瞬言葉を詰まらせた。 さっき決意したばっかだってのに、心が揺らぐ。俺は、唾を飲み込んだ。 そして、躊躇いを吹き飛ばすように、一気に頭を下げる。 「っちょ、何やってるんですか先輩……!」 いきなりの俺の行動に、佐上が驚いてるのがわかる。 だけど俺は顔を上げなかった。 深々と頭を下げたまま、言う。 「悪かった。俺、佐上の気持ちからずっと逃げてた」 「先輩、顔上げてください…っ!」 「佐上に好かれてるのが、後ろめたかった。だから、ずっと、」 「松本先輩!」 佐上が、大声を出す。 ぴく、と肩が跳ねた。 俺はゆっくり、顔を上げる。 「……頭なんか、下げないで下さい。……そんなことして欲しくて、来てもらったんじゃないんです」 「……佐上……」 佐上は眉を寄せて、辛そうな顔をしていた。 小さく謝ると、「謝らないで下さいってば」とうっすら笑われた。イイ女だと、そう思った。 「私こそ、謝らなきゃいけないんです」 「……?」 「あの日先輩は、きちんと私の想いに答えてくれた。それだけで納得しなきゃいけないのに、私は、理由に固執して……先輩を、苦しめましたよね」 だから、私こそごめんなさい。 そう頭を下げる佐上を、素直に綺麗だと思った。 だけど、違う、と思った。佐上が悪いわけじゃねえから。 あの時、どういう言葉であったにしろ、俺が答えていれば、佐上は今頃、前に進めていた。 「そんなこと、……」 そんなことねーよ。そう、否定しようとした。 だけど、佐上が求めてるのは、そんな言葉じゃない気がして、俺は一瞬黙った。 そして少し躊躇ってから、ゆっくり、口を開く。 「……好きなヤツが、いたんだ」 ← [戻る] |