1 目に、焼き付ける。 青い空。 白い入道雲。 風に揺れる向日葵。 耳に、植え付ける。 蝉の声。 子供たちの幼い戯れ合い。 風に揺れる向日葵の音色。 焼き付けたいのも、植え付けたいのも。 全部、大事だから。 何気ないそんなモンが、すげえ大事に思えんのは。 なあ、いつだってきっと、お前がいたからだったんだ。 向 日 葵 「ユキ?」 おれを呼ぶ幼なじみの声に、おれはそっちに意識を戻した。はっとする。ぼおっとしちまった。 「ん?」 それを隠して、おれはいつもみたいに、笑う。 笑いながらヨウの方を見れば、その整った顔が結構近くにあって、おれは少し驚いた。 「何ぼおっとしてンだよ、ユキ」 「すっげえアホ面だったぞ」と続けたヨウ。 そのぼおっとしてたおれを怪訝がるようなヨウの表情に、笑みが溢れる。 あー、いつもどおりの、ヨウだ。 だから、おれも。 「……心配した?」 茶化すように笑うと、ヨウは、「くだらねー」、と笑った。 被っていたキャップを一度とる。艶やかな黒い髪が露になった。 そして不意に、同じ色の切れ長の瞳が、不快そうに歪む。 なんだ?具合悪いのか? 「……あちぃ」 「……」 問うより前に、ヨウはその不快そうな表情の原因を口にした。 どうやら、暑いのが原因だったらしい。 納得。こいつ、暑いのダメなんだもんなあ。 「ああ、暑いな」 相づちを打つ。 ヨウは、外したキャップで自分の顔を扇いだ。 少しの沈黙。また、ヨウが言う。 「……ユキ、喉渇いた」 「渇いたな」 「……これ、蓋開けろ」 「自分でやれよ、ばか」 しかも命令口調か。 ヨウは、「めんどくせー」と悪態をつく。 でも、喉の渇きにたえられないのか、キャップをおれに押し付けた。 そして、片手に面倒くさそうに持ってた、ペットボトルの蓋を開け、口をつけた。 おれはその光景にある種の感動を覚える。 (珍しい。ヨウが大人しく言うこと聞くなんて) まあ、キャップを当然の如く人に押し付けるあたりは、いつもどおりの俺様だな。おれはヨウに気付かれないように、苦笑した。 ヨウは、ごくごく音をたて、水を飲んでいく。喉仏が、何度も大きく動く。 その日の光にさらされた喉を、汗が一筋、伝い落ちていった。 「……うまい?」 問うと、頷く。満足そうに、目なんか細めちゃってまあ。 おれは肩をすくめて、自分もペットボトルの蓋を片手で開けた。そして、ペットボトルに口をつける。 「……っあー…、うめえ」 オヤジみたいな声を漏らし、濡れた唇を手の甲で乱暴に拭うヨウ。 喉を潤しながら横目でそんなヨウを見ていた俺の横で、ヨウはカラになったペットボトルを片手に、あたりを見渡す。 すぐに古びた駅のホームの片隅にあるゴミ箱を見つけたようで、ラッキー、と笑った。 「よっ」 ペットボトルを投げるヨウ。 それは、その手を離れると、綺麗な放物線を描き、ゴミ箱の中に収まった。それに、「よっしゃ」とガッツポーズをするヨウ。 おれはそんなヨウに、穏やかな気持ちで笑う。 昔からだけど、ヨウのこういうトコ、まじでガキっぽいと思う。 「何笑ってンだよ」 不機嫌そうに言うヨウ。 「別になんでもねーよ」と誤魔化し、おれは何気なく視線を上へと向けた。 そして、すぐに猛烈に後悔する。 「っ……」 それまでの穏やかな気持ちが嘘のように、沈み込んだ。 理由は単純明快。視線の先には、古くなって汚れた、時計があったからだ。 「……あと15分か」 どうやら、ヨウも時計に目をやったらしい。 そんな呟きに、ずきずき胸が痛む。 15、分。 短ぇよ、短すぎる。 そう思った。 でも。 「長ぇな」 でも、そんなヨウの言葉が聞こえてきて、おれは何も言えなくなって、たまらず視線を下にやる。 こいつにとって、夢に向かう旅立ち前の15分は長いもの。 そりゃそうだと思うのに、悲しかった。 「……ああ」 なんとか相槌を打って、小さく俯く。 ヨウに悟られないように、下を向いたその目に映ったのは、線路。 真夏の太陽の下で、どこか遠くの町へ繋がる線路。 (ヨウが、旅立つ道、) ……見たくない。時計も、線路も。 上にも下にも逃げ場はなく、おれは仕方なしに、ゆっくりと前を向いた。 「…………長ぇ」 そんなおれの横で、また同じような呟きを落とすヨウ。 おれは、ただ黙って前を見ていた。 そうすることしか、出来なかった。 おれとおれの幼なじみのヨウは、生まれた時からずっと一緒だった。 家族ぐるみで仲が良くて、おれらはまるで兄弟みたいに育てられた。 ガキの頃から、口が悪くて、頑固で、意地っ張りで、喧嘩っぱやいヨウに振り回されることは多かった。 何度も派手な喧嘩もしたけど、それでもおれたちはそばにいた。 おれにとっての一番好きな場所は、いつもヨウの隣だった。 ← [戻る] |