4 『入って』 ミキの下を去り、引きずるように無抵抗な先輩を連れてきたのは、今は誰もいない、サッカー部の部室。 みんな、窓を隔てた校庭で、もうパス練を始めようとしていた。 『っ、……森下、……』 『俺さ、言いましたよね、先輩には』 小さく俯いてる先輩の後ろでドアを閉めると、俺は、先輩を近くのロッカーに追い込んだ。彼の顔の右側のロッカーに、乱暴に手をつく。 きゅっと結ばれた唇が見えて、俺はさらに眉を寄せた。 ムカつく。 『俺、ミキが好きなんだって。……先輩、協力してくれるって言ったよね』 『……』 『嘘だったんだ?』 『……ちが』 『何がどう違うわけ?』 嫉妬なんて、みっともない。 そう思いながらも、とめられなかった。 俺は、先輩の体を、抱きしめた。 『――ッ!?』 息を飲む彼。強張る体。 俺は、先輩の耳元で、わざと低く、囁くように言う。 『先輩は、好きでもない奴に、こういうこと平気で出来るんだね』 『……っはな、せ……っ』 どっどっどっどっ、と、彼の鼓動が聞こえてくるようだった。俺は、先輩から体を離した。 そうして覗きこんだ表情は物凄く混乱してて、今にも泣き出しそうで、切なそうで、ひどく、煽情的、だった。 『さっき、のは、佐上が、泣いたから、……っ』 『は? だからなに? 慰めてたとでも言いたいの?』 わかってるよ、先輩。 先輩は優しいから、他人の痛みに耐えられないってこと。 自分の痛みならいくらでも溜め込むくせに、他人のそれには、すごく弱いってこと。 でもさ、わかってる、だから許せる、ってわけじゃ、ないんだよね。 『だってッ、それ以外俺に何が出来んだよ……!』 別に、何もする必要ないじゃん。 ミキを振ったのはアンタだろ? それなのに泣いたからって優しくしたら、抱きしめたりなんかしたら、あっちは諦められないよ。 なんで、わかんねえのかなあ。 ムカつく。ムカつくんだよ、アンタ。 『……じゃあさ、先輩』 極力優しい声で、俺は彼を呼んだ。 恐る恐る顔を上げる、松本先輩。途端、固まる表情。 俺は、笑った。 『俺、ずっと“好き”だった相手に振られたようなもんじゃん?』 壊れてく。壊れてく。 今までの心地いい関係が、彼の淡い恋心が。 俺の、想いが。 『かなり、傷付いてんだよねー』 もう、戻れない。戻らない。 昨日までの、歪んだ優しい日々は。 『だからさ、』 俺は、動けないでいる彼の耳に、また唇を寄せて。 『慰めてよ、俺のことも』 それが、俺と彼の関係の、始まりだった。 ← [戻る] |