3 先輩はあれからも、時々切なそうな顔をするものの、俺やみんなの前じゃ、普段どおりに振舞っていた。 二人のときに、「佐上とお前な、別につり合ってなくなんかねーぞ」「協力するから頑張れよ」って言ってくれたし。 ああ、この人は、好きなヤツの幸せを願えるんだな、と思った。 俺なんかとは、大違いだと。 その日俺は、部活の誰よりも早く、グラウンドを走り終えていた。 松本先輩がいる時は、絶対に先輩に勝てない。だけど、先輩はその日は、まだ来ていなかった。 無理矢理押しつけられた委員会のミーティングが長引いてるのかも。あの時の俺は、そうとしか思わなかった。 『あつー』 走った後だから、冬も近いっていうのに、物凄く暑くて。 皆が走り終わるまでに少し時間があるから、俺は校舎の影にある冷水機まで、水を飲みにいくことにした。 この時俺がそこに行かなきゃ、もしかしたらこんなことにはなんなかったかもしんないね、先輩。 『だから、……、……って』 『でも……、……』 冷水機で喉潤していると、すぐ近くで、誰かの話し声がした。 そのどちらもに聞き覚えがあるような気がして、俺は落ちてきた汗を袖で拭いながら、首を傾げる。 とんだ野次馬だと思いながら、少し耳を澄ませば、声は案外よく聞こえてきた。 『私、ずっと好きだったんです、ずっと見てたんです……っ』 どうやら、告白の現場だったらしい。 こんなとこでやんなよ、いつもの俺ならそう思っただろうけど、そうは思わなかった。 だって、その声は。 『……ミキ?』 ミキの、泣き声だったから。 しかも、 『泣くなよ……っ』 『――』 聞こえてきた相手の声は、先輩の、松本先輩の、声だったから。 『せんぱ……っ』 『……せん、ぱい?』 気付くと、校舎の影から、姿をみせて、そう呼んでいた。 ミキの声に、被せるように。 そして、そこにあった光景に、目の前が、真っ赤になった。 紛れもなく、嫉妬、で。 『……もり、した』 弾かれたようにミキから離れ、俺を見て愕然とする先輩。 涙を流しながら、気まずそうにしているミキ。 その光景に、愕然として。 頭の中を、疑問ばっかが回った。 (どうして、) どうして、なんで、……先輩。 『っ、痛……!』 『きて』 足早に歩み寄り、乱暴に腕を掴んだ。松本先輩の腕を。 そしてそのまま引っ張っていく。思ったよりも、冷たい声が出た。 先輩は小さく声を上げただけで、呆然と、されるがままになっていた。 『ちょ、カズ!』 けど、当然ミキは、そう声を荒げる。 それに俺は申し訳なさそうに笑みを返して(へたくそな)、言った。 『ごめん、ミキ。ちょっとこの人借りるね』 ミキ、ほんとにごめん、でも俺、 (好きな人の、俺以外のヤツとの幸せなんて、願えないんだ) ← [戻る] |