2 俺には、ミキという名前の、小学校からの幼馴染がいる。 美人で、明るくて優しい、非の打ちようのない、すべてが揃った女の子だ。 俺とミキは小学校からずっと同じクラスで、両親が仲がいいから、今でもお互い、よく家に遊びに来たりしてる。 俺は、密やかながら、そんなミキが、“好き”だ。 そして、そんな俺を、松本先輩は、好きになってしまった。 俺と先輩が知り合ったのは、高校のサッカー部(もうすぐ、高3の先輩は引退だ)。 ポジション柄沢山話したり、一緒にいる時間が長かったし、俺と先輩は趣味も好みも気も合ったから、自然と部活以外でも親しくなった。 1年の夏合宿が終わって、そのあとまた仲良くなって。 それからしばらくした頃くらいだ、俺が先輩の中にある気持ちに、きづいたのは。 『お前ってさ、佐上と付き合ってんの?』 部活の後、いつもみたく一緒に帰ってた俺に、不意に先輩が、そんなことを聞いてきた。 秋も深まった頃だったから、部活を終えた頃にはもうあたりは暗くて、先輩の表情はよく見えなかった。 俺はその問いに驚きながらも、言う。 『佐上……って、ミキのことっすか?』 『おー。……付き合ってんのか?』 無関心を装いながらも、先輩が気にしてんのが手にとるようにわかった。 こっちを見ない先輩は、どこか不安そうで、フィールドで見せる余裕のある大きな彼とは、まるで別人だったから。 俺は、少し悩んでから、笑って答える。 『付き合って、ないっすよ』 『……え?』 『やだな、先輩。誰からそんな話聞いたんですかー』 先輩が、こっちを見た。 嘘だろ、って言いたそうな顔。ようやく見えたのは、そんな表情だった。 恥ずかしいな、と言いながら、俺は何食わぬ顔で苦笑する。 『……いや、噂、でな。……そうだよな、お前にはもったいないような美人だしな、彼女』 『なにそれ。ひどいっすよ先輩―』 『はは』 何気ないような会話の中で、彼が自然に顔を綻ばせていくのがわかる。 それを俺は横目で見て、笑みを引っ込めると、ふう、と小さく小さく、ため息を吐いた。 『……やっぱり、つり合わないっすよね、俺とあいつじゃ』 『………?』 俺が告げた言葉に、彼はゆっくり、怪訝そうに、俺を見た。 揺れる瞳。寄せられた眉。 俺はそれに気付かないふりで、情けなく、苦笑してみせた。 『俺、好きなんすよ。あいつのこと』 そう言ってみせた時の彼の表情が、今もずっと忘れられない俺は、どこかおかしいのかもしれない。 * * * * * * 「お前さ、まだ、好きなの?」 いつものような無機質な行為の後、彼はやっぱり、そう俺に聞いた。 毎回毎回、繰り返される質問。 決して俺のことは見ないまま、彼はいつも問うのだ。 きっと、淡い期待を捨てきれないままに。 誰を、なんて、そんなの聞かなくたってわかる。 「ミキのこと?」 でも、わざと聞いてやる。 彼が、松本先輩が、苦しむように。 「……わかってんだろ」 そう不機嫌そうに言いながら、彼は身なりを整える。 先輩と行為をするのは、いつも俺の部屋。 なんだから、誰に見られる心配もない。そんなに急いで身なりを整えて帰らなくてもいいのに。 そうも思うけど、言わない。 期待させるようなこと、ぜったい、出来ないから。 「そうだねー……好きだよ、だいすき」 俺は先輩ににっこり笑いかけた。 横目で俺を見ていたらしい先輩は、「そうかよ」と小さく言って、学ランに手を通す。 俺はベッドの上で相変わらず上半身裸のまま、笑う。 「だから、やってるときに先輩に“カズ”って呼ばせるし、ミキみたいに素直にさせるんじゃん」 「……そうだな」 なら、いい。 そう呟いて、学ランの前をとめていく先輩。 その綺麗な茶髪が、切なげな目が、細い体が。 全部さっきまで、俺の下にあったもの。 「……そうだよ、先輩」 俺は、ミキが好き。 そう言った言葉に、先輩は今度は、反応を返さなかった。 先輩とこんな関係になったのは、先輩にミキが“好き”だと打ち明けた、すぐ後だった。 ← [戻る] |