ただあの人が愛しくて、どうしようもないほどに愛している。 だから、想いを捨てることなんて出来なくて。 その恋心がどれほどの痛みをもたらそうとも、それさえ甘受して、抱き締めていたくて。 それがたとえ愚かな行為であっても、やめることなんて、出来ないのだ。 「……そうか」 短くようやくそれだけ言い、俺はまた、酒を煽った。 夜風が火照った体に心地よいはずなのに、少し、寒かった。 隣の横顔は、酒を煽る様子ももうなく、何かを語る様子もなく、ただただ、月を見つめる。 俺はその横顔からなんとか顔を反らし、彼の見つめている月へと、目をやった。 月は美しく、朧げだが、どこかはっきりと、影を残す。 そして、俺に、深々と思い知らせるのだ。 (お前は、見ない) 視界の端に移る彼は、何時だって。 (お前は決して、俺を、見ない) 当たり前のことだった。 俺は、どうしたって彼と同じ、男だ。 こんな想いは、許されるわけがない。 (こんな想い、叶うわけがない) 何より、彼は、あの人を愛しているのだから。 俺にとっての彼のように、誰よりも、あの人を。あの人だけを。 あの人以外、見えないのだ。 その証拠に彼は、俺が彼を見ていることに、何時だって気付かない。 (気付かれても困るのだが、こうも気付かれないと切なくなる。それはただの俺の我が儘だろう) 月は、たしかにあの人を彷彿させた。 優しく見守り、優しく包み込む、どこか儚くも優しい月は。 堪らなく苦しくて、月を見ていたくなくて、目を伏せた。 夜風がまた、頬を撫でていく。 「………冷えるな」 誰ともなく俺は呟き、着物の上から腕を擦る。 時折僅かにさわさわと揺れる庭の木の葉が、俺の哀愁を掻き立てた。 俺が女だったなら、或いは想いを告げることだけでも、叶ったのかもしれない。 けれど、女だったなら、彼と出逢うこともなかったかもしれない。 (……どうして) どうして、俺は女ではないのだろう。 どうして、彼はあの人を選んだのだろう。 どうして、俺は――彼を、選んでしまったのだろう。 どうしても頭に浮かんでしまう、その考え。 淡い想いと空想上の仮定を、拭うことなんか、俺にはできない。 そんな意味のない問いかけを止めたのも、やはり、彼だった。 「そろそろ戻るか?」 「!」 不意に隣から返ってきた返事に、俺は思わず肩をびくつかせた。 まさか聞こえているとは、全く想定していなかった。 けれど、その返事に、俺は半ば無意識に首を振る。 「いい。まだ、こうしていたい」 それは、本心だった。 そして俺は、誤魔化すように酒を煽る。 もっとこうしていたかった。 隣にいるだけでいい。 多くは望まないから、ただ、そばにいたい。 彼はそうか、とだけ答え、黙った。 安堵し、ほっと息を吐きつつも、切ない気持ちになる。 それを堪えようと、酒をまた煽ろうとした、その時。 「……!?」 何か暖かいものが俺を包み、俺は驚きに酒の入った猪口(ちょこ)を落としてしまった。 溢れた酒は、俺の着物を僅かに濡らす。 ← [戻る] |