6 * * * * * * 「んーっ」 降り立ったホームには、いつものことながら誰もいなかった。 おれは夏の風を感じながら、一人大きく、伸びをする。 2時間以上かけての都会への毎日の通勤は、地味につらい。疲れていた全身が、伸びによっていくらか楽になる。 「……今日も晴れてんなァ」 おれは、右手で影を作りながら、空を仰いだ。 真夏日の空は青く、入道雲が浮いている。陽の光が強烈に目に焼きついて、おれは瞬きを繰り返した。 おれは今年、21になった。 予定通り高校卒業後、おれたちのバンドはすぐにメジャーデビューした。 男4人のバンドで、おれの担当はドラム。 最近ようやく、軌道に乗ってきたところだ。 「……あ、」 後ろを見れば、向日葵がちょうど満開だった。さあああ、と爽やかな音をたてながら、風に揺れる。 今年も、もうそんな季節だ。 向かい側のホームに電車が来て、ゴッと、強い風が吹いた。 それにあの日を思いだし、おれは静かに、目を閉じる。 青い空。 白い入道雲。 蝉の声。 揺れる向日葵。 あの笑顔、涙。 刻まれた記憶の中で、彼は17のまま。 それでも町は少し変わり、ダチもみんな少しずつ変わってしまった。 あれから、もう4年が経ったのだ。 なのに、約束はまだ果たされていない。 「……ヨウ……」 呼んだのは、今も変わらず、愛しい人。 お前は今でも、あの約束を、覚えているだろうか。 「……閉まる扉にご注意ください」 昔から変わらない少しひび割れたアナウンスが、反対側のホームから聞こえた。 それに目を開けたおれの耳に、止まってた電車の扉が閉る音。 ゆっくりと動き出す車体。 おれは電車を見送るのではなく、なんとなく、本当になんとなく、ホームを見ていた。 電車が去った、その後に、彼がいればいいなんて。 淡い期待を持ったのは、あまりに今日の空気が、あの日に似ていたから。 「……いるわけ、ねーっての」 それでも、目は離せなかった。 電車がゆっくりと、走り去っていく。 どんどん加速して、速くなっていって、最後尾が、おれの視界を横断して。 「……!」 心臓が、止まるかと思った。 電車が去ったホームには、一つの影。 大分大人びたが、見間違うはずもない、黒髪。昔よりもしっかりした体。意志の強い、瞳。 彼はおれには気付いていないようで、その手に、どこから持ってきたのか、向日葵を持っていた。 「ちょ、ちょっと君ッ!」 気付けば、おれは走り出していた。 改札を凄まじい勢いで抜け、反対側のホームへ急ぐ。 改札を勝手に潜り抜け、駅員の制止を無視し、ホームへ出た。 そこには、やっぱり、彼が――おれの大好きな、あいつがいて。 「ヨウっ!」 その名を叫んで、駆け寄った。 弾かれたようにこっちを見るその目がおれを捉えた瞬間、見開かれる。 そのままの勢いで、抱き締めた。 何も言わず強く抱き締めていると、ヨウが躊躇いがちに、おれを呼んだ。 「……ユキ?」 耳に届くその声が。 鼻をくすぐるその匂いが。 服越しに感じるその体温が、懐かしくてただ愛しくて。 涙腺がなくなったみたいに、涙が溢れ出した。 「……ッばかってめえ約束違ぇじゃねえかよ!どこの世界の3年だ!」 泣きながら、怒鳴る。 泣き顔なんか見られたくなくて、離したらこいつが消えてしまう気がして、もっと強く抱き締めると、何も言わなかったヨウが、腕の中で言った。 「……なに、お前、泣いてんの?」 「うっせえよ、誰のせいだと思ってんだよばかやろー……ッ!」 「俺のせいか」 「他に、……他に、誰がいんだよ……っ」 「そだな、……悪い」 そして、おれを抱き締め返して、もう一度言った。悪い、ごめんな。 おれは溢れ出す想いに任せ、言う。 「……待ってたんだぞ」 「ああ」 「ミュージシャンにもなった」 「ああ」 「なのにお前……っ」 「悪かったよ」 ヨウがおれの腕の中から出る。 そして、向日葵を揺らしながら、笑う。 いつもそうだ。 いつもいつも、この笑顔には、結局勝てやしない。 「俺も、夢掴んだから」 待たせて、ごめんな、と。 今度はヨウから抱きついてきて、おれは驚いた。 が、今度はゆっくり、優しく抱き締めた。 想いをこめて。 「ヨウ……」 やっと、逢えた。 とくん、とくん。お互いの心臓の音が、重なる。 まるで、それが当たり前のことみたいに。 ああ、今なら、言えるかな。 ずっと言えなかった、想いを。 「ヨウ……」 「ん?」 ヨウは、くすぐったそうに小さくみじろぐ。 その仕草が、愛しい。 愛しい。いとしい。 ずっとあいたかった。恋しかった。 ずっとずっとずっと、おれは、お前が、 「好きだ」 だからもう、離れんな。 そう小さく囁くと、ぴくりと反応する体。 (……気持ち、悪ィって、思われたかな) ふと、不安が過ったが、そんな不安をよそに、すぐにヨウはおれを見て、笑った。 いつもの、向日葵みたいな、笑顔で。 「言うのおせーんだよ、ばァか」 そんな可愛くないこと言うから、おれは耳が赤いヨウを、強く抱き締めた。 腕の中でヨウが笑う。だからおれも笑った。 もう、ずっと離さない。 「好きだ」 ヨウの腕の中で、向日葵が、風に揺れていた。 向 日 葵 (おかえり、やっと言えたね) 鱗ボーイズ様に投稿させていただきました! ところどころ修正入ってますが(汗) ありがとうございました! シチュエーションrank ↑参加させて頂いています。 ← [戻る] |