[携帯モード] [URL送信]
04



「しょう、さん」
「−−初めて見るツラだな」
思考回路が壊れてしまったかのように何も考えられない礼史の耳が、聞き慣れない低音を捕まえてきた。それに引きずられるように、左を向く。真っ黒なツヤツヤとした革靴、同じ色の細身のスーツ、濃いグレーのワイシャツ、スーツと同じ色のネクタイ。少し生えた整えられた顎鬚、短く切られた真っ黒の髪、それから、すっと流れる鋭い、目。今にも夜を連れてきそうな見た目の背の高い男が、薄暗い日陰の中、倉庫の壁に凭れるように、いつの間にか立っていた。
「……ぼうや、ショウの知り合いか?」
「、……」
礼史から少し離れたところに立つその男は、キツい目を細めて礼史をじっと見て、そう言った。年齢は、四十代くらいだろうか。そのどこか荒い印象の顔には、眉間を中心にいくつか皺がある。自分に話しかけているのだと頭のどこかでわかっていたけれど、礼史の口から、それに答える言葉は出なかった。男の放つ異様な威圧感に負けたわけではない。ただ単に、出された名前に――ショウ、という、そのたった二つの短い音に、動揺した。
「こいつがくたばってから“墓参り”に来たのは、俺の知る限りじゃヒロと俺だけだったんだがな」墓はない。
「、おれ、……今日ヒロさんから、聞いて知って……それで、……」
ショウが、やってもいない罪をかぶって、身代わりとして敵対する組に差し出されて、報復に殺されて。死体もなく墓すらないせいでどこか非現実的なのに、それなのに、彼は死んだという。もうどこにもいないのだという。信じたくないのに、こうして、現実を突きつけられる。
もしおれが、ショウさんが身代りになるなんてことを、知っていたら。そこまで考えて、礼史は唇を噛んだ。知っていたとして、自分に何が出来たわけでもない。きっと自分には、何も出来なかった。俯く礼史と男の間に、少しの沈黙が、落ちた。
「……ボウヤ、もしかしてレイシか?」
「、え?」
カチっと音がして、そのすぐあとに男のそんな言葉が、聞こえた。反射的に顔を上げる。曇り空特有のまぶしさに、一瞬目を奪われ、瞬きをする。その白になりそこねたような色を背景に、同化しそうな紫煙をうすい唇から吐き出して、男は礼史を見降ろした。視線が、ぶつかる。
「やっぱりなぁ?」
何も言えない礼史に、その男は機嫌よさそうにそう言って、唇をゆっくりと、歪ませた。その笑みに、礼史の中で警報が鳴り響いた。この男、なんだか、やばい。
「……ああ、そういやまだ名乗ってなかったな。俺は、リュウガキだ」
その男は、簡単に名を名乗ると、また一息、煙を吸い込む。視線は礼史に注がれたままで、それはおもしろそうに礼史を観察しているかのような、心地悪いものだった。当然警戒を解けずにいると、突然、リュウガキがおかしそうに笑い出した。器用に、煙草の煙を吐き出しながら。少し笑ってから、体内に残っていた白くくすんだ煙をすべて吐き出し、リュウガキは面食らう礼史を意地悪く見た。
「そう警戒すんじゃねえよ、取って喰おうってわけじゃねえ。ショウのヤツが何度かボウヤのこと話してたんで、知ってただけさ」
「、ショウさんが……?」
リュウガキのその言葉に、思わずそう聞き返した。信じられなかった。あの人が、おれのことを、この人に。
ショウはおれになんか大してキョーミないはずだから。第一、他人に話すようなやりとりも出来事も、おれたちの間にはなかったはずだ。そこまで考えて、ああ、この人に話したのもきっと彼特有の気まぐれか、と思い直す。なんだか胸がきゅっとなって、咳き込んだ。俯いて体を丸めて、服の胸のところを掴んで、思いっきり力を入れる。それでも、苦しいまんまだった。
いまさらだろ。わかってたじゃんか。……わかってるじゃんか。
「なんだァ?ボウヤ、煙草ダメなのか」
「、へいきっす……」
『レイ、シ』
あの忘れられない夜のことだって、きっと、彼にとっては。
「……リュウガキさんは、ヤクザなんすか」
「ほお? よくわかったな」
「」

「……なんで、……あんた、誰なんすか……」
関わらない方がいいってわかってんのに、口は勝手に言葉を吐いた。この人の言葉がどういう意味なのか、なんでそんなことをおれに言うのか、そんなことを知っているのか、この人は、誰なのか。何もわからなかった。
「こいつがオヤゴロシでムショに入ってたのは知ってんだろ? ムショから出て行くあてもないこいつを拾ったのか俺さ。……つまり、」

「−−ッあの人は!!」
 何年振りだろうと思うくらい、大きな声が喉から飛び出していた。もしかしたら、赤ん坊じゃなくなってから初めても。それくらい大きな、自分でもよくわからないけど震えた声で、おれはリュウガキさんに掴みかかった。高そうなリュウガキさんの真っ黒のスーツの襟元を、思いっきり掴む。
「あの人は、あんたが言うような人じゃない! 六年も一緒にいて、なんでそんなこともわかんないんだよ!!」
 この人がヤクザの幹部だなんてこと、どうでもよかった。だってそれどころじゃなかった。ただもうひたすらにこのヘーキな顔してる人に腹が立って、ボコボコにして捨ててしまいたいくらいだった。なんでだよってひたすら思った。
ショウさんは、すごく口が悪かった。言わなくてもいいようなことまでシンラツな言葉で言って、チームの奴らをよく罵倒して泣かせた。すぐに手も足も出たし、機嫌が悪ければ鉄パイプで殴りつけたり根性焼きをすることもあった。気分屋で冷たくちらっとこっちを見ただけで突き放されたかと思えば、ムボウビに近寄ってきたりする。やたらとプライドが高かった。ヘビースモーカーってやつで、赤マルがないとすぐに不機嫌になる。甘いものは嫌いで、苦いものが好き。すごく小食。オヤゴロシで、三年間ムショに入ってた。
ショウさんのことは、おれはそれしか知らない。事件のことだって、総長からそうらしいってことを聞いただけだった。だからおれは、ショウさんのこと、詳しく知ってたわけじゃない。特別親しかったわけじゃない。
それでも、おれは、知ってる。
『家族が一番だ。ガキ、大切にしてやれよ』
 あの人が、家族を大切にする人だったこと。
『みぃんな、離れてっちまうなァ……』
 あの人が、本当は誰より寂しがりだったこと。
『将人さん』
 あの夜、はじめてあの人の名前を呼んだとき、あの人が−−なんて言えばいいかわかんないような顔で、笑ったこと。
ショウさんは、たしかにどうしようもなくヤクザだった。正義の味方か敵かと言われれば間違いようもなく敵だったし、同じ敵であるはずのおれらでさえ怖くて近寄れないような人だった。でも、絶対に、おれのすべてをかけて、絶対に。
「なんで、あの人だったんだよ……ッいざとなったら身代りにするためなんかに、あの人組に入れたのかよ! なんで……っ!!」
「……あいつなら、死んだところで悲しむ奴はいねえだろ」
「オレがいた!」
「……ぼうや、おまえ、関係ねえだろう?ただチームで少し接点があっただけだろう?あいつの嫌なとこのが多く見てるだろう?それなのに、どうしてぼうやが悲しむ?あんな、ロクデナシ――」
「それでも、オレはあの人が好きだった!!」言ってからはっとして
(ああ……そうか)
「……好きだったんだよォ……っ」ぐしゃ
(オレは、あの人のことが――)走り去る






[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!