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01




溜まってるところにショウがする。珍しく組の人間二人も一緒。幹部だけを集め、個室へ。それをぼにゃり見ながら、周りの人間がショウの悪口言ってるのを聞き流す。その中に、「そういや、組長の息子が」ってのを聞く。そして個室から一人で出てきたショウに、ゆるうり、近付く。
「あのう、……ショウさん」
「……ああ、レイか」表情が暗い。
「ちょっと、話したいことが……あるんですけ、ど」
「……こっち来い」
おーなーしつに入る。普段誰も入れない。その前にさっきの個室の前通り、わずかに開いた隙間から「これからは俺らがかわりに……」って声(ヒロ)を聞く。なんだろうと首を傾げながらも。
「……で?」どかっとソファに腰を下ろす。
「……あ、」きょろきょろ周りを見ていて、忘れていた
「あ、じゃねえよ、ほんとぬけてんな、おまえは」笑う
「……あのオレ、やめたいんす……」
「……あ?」
「チーム、……抜けたいんです」
「……」前に身を乗り出して、テーブルの上の煙草口にくわえる。ポケット探り、
「チッ……おいレイ、おまえ、火持ってっか」
「あ、はい」
「つけろ」
「はい」至近距離いってつけて。それを一口吸って、ゆっくり吐き出した瞬間、
「――っ!」髪を鷲掴まれ、引き寄せられる
「ぬけたい、だぁ?レイてめえ、随分と軽く言ってくれるじゃねえか」
「っ、」
「そんな簡単にぬけられると思ってんのか?あ?ガキの遊びじゃねえんだぞ」
「す、んません、でも、お願いします……」
「……理由を言え」離す。前に座り込んだまま、ショウを見上げて、
「……付き合ってる女、いて。そんで、……ニンシン」
「ゴムつけねえのかよ、てめえは……」
「……つけたり、つけなかったり」
「馬鹿」はあ
「……やめて?どうすんだよ。仕事は?」
「どっかで、なんとか……」
「曖昧だな」ふ、と目を伏せる
「まあ、ガキが出来たんじゃあ、な。たしかに足洗うべきだろうな」
「……はい」
「でも、わかってるよなあ?そんな簡単に話は通らねえってよ」
「……小指とか、落とした方がいいっすか……」
「一応ヤクザモンじゃあねえんだ、そんなことさせられっか。大方、リンチでレイプビデオ撮られるとか、そのへんだろ」レイ、顔真っ青
「……おまえ、すぐにこの町出ろ。どっか遠くにいっちまえ。そんで、……もう二度と、ここに来るんじゃねえ」
「え、」
「チームの連中とも切れろ。何があっても関わるな。連絡もとるな」
「あの、」
「ガキと女のことだけ考えて、どっかで真面目に真っ当に暮らせ」
「まっとう?」
「……仕事する、喧嘩しねえ、借金しねえ、ギャンブルやらねえ、酒もクスリもやらねえ、家族に手上げねえってことだよ」
「ああ」
「おれは、時期にここやめるけどよ。おまえのことだけは、なんとかうまく処理してからやめてやる。だから、今言ったことだけは、ぜってーに守れ」
「……ショウさん」
「いいな?」
「……ショウさんとも、っすか」
「あ?」
「連絡、とらねえの」
「……当ったり前だろ、馬鹿」
「ショウさん、やめちゃうんですか」
「……ああ」
「……組長の息子が、なんか……どっかでやらかしたって」
「は?誰から聞いた?」
「……???誰だっけ……?」
「あー、もういい、わかった」
「うす。……そのせいっすか」
「そのことは、なあ。関係ねえよ、おれがやめんのとは」
「?」なんで暗い顔?不思議そうなレイシの頭をぐしゃっと撫でて立ち上がり、窓際に立つ。
「とにかく、おまえとは、今日限りだ。どうにかしてやるから、なるべく早く、消えちまえ」
「……」さみしいかも
「……レイ」
「はい、」ショウ、振り返って
「……家族、大切にしろよ」はかなく笑って
「――は、……」すぐに前を向くショウ。そして、普通聞こえないくらいの声で、
「……なにも、残らねえなあ……」見ていたくなくて。
「……ショウさん、」近付いて、腕掴む。
「あ?っ、い」目を見ると、暗くて、ぐらぐらしてて。見てられなくて。
「……一緒に、逃げてください」
「は……」
「はやく」
「な、っおい、レイ!」
無理矢理バスのせる。ショウもなんだかんだ抵抗もせず乗る。少し人がいるだけ。
「……なんなんだよおまえ……」
「スンマセン……」
「スンマセンって顔してねえぞおい」言って椅子に座って長く息をつく。
「これ、どこ向かってんの」
「知らない、っす」
「はあ?」
「とりあえず、どっか、……行きたくて」
「(ため息)……それじゃあ、定番に終点まで行くかァ?」
「しゅうてん」
「一番終わりまでってことだぞ、わかってっか?」
「……行きたいっす」いちばん、おわり。そこまでいけば、きっと。
「ン」
それから特に会話らしい会話もなく、それぞれぼおっとしてる。窓の外見てるショウをぼおっと見て、どうしておれ、こんなことしてるんだろうって考える。
『なにも、残らねえなあ』
そう消え入りそうなほど小さな声で呟いたショウを見て、どうしてだか、突如として呼吸がしにくくなった。胸になにかがつまってしまったような急速なその息苦しさは、礼史の心をざわつかせた。彼の目がどこかいつもと違うように見えて、その目を見たくなかった。ショウにあんな顔をさせる“なにか”が、とても嫌だ、と思った。どこかに行ってしまいそうなショウを、そのまま一人どこかに行かせたくなくて、だから、連れ出した。連れ出して、ショウの言う“一番終わり”に行けたら、あんな顔をもう、見なくてすむような気がしたのだ。一人にさせなくてすむと、そう思ったのだ。
(……なんでそう、思ったんだろ……)
 そんな疑問が先ほどから何度も浮かぶ。しかし、その答えを探そうにもモヤがかかっているように何も見えなくて、礼史はただ隣でバスの外を眺めているショウの横顔を、眺めていた。そうしているうちに、疑問すらどこかへ消えていってしまう。意外と睫毛が長いんだなあ。肌がきれいだなあ。でもやっぱり、目つきは悪いなあ。そんなことばかりを考えては、ふとまた疑問が浮かぶ。本当に、どうしてなんだろう。そしてまた、堂々巡り。
 ショウは、バスに揺られながら、一度もこちらを見なかった。この視線に気付いているのか、いないのか。そんなことは礼史にはわからなかったけれど、とにかく彼は、礼史を見なかった。ただゆっくりと移り変わっていく車窓からの景色を、眺めていた。そんな彼をぼんやりと見ているうちに、だんだんと、礼史の意識がぼやけていく。今まで、誰かが横にいてこんな眠気に襲われたことなど、なかったのに。そう思いながらも、欲求に正直で逆らえない性質の礼史は、それに抗うことはなかった。ゆっくりと、瞼を下す。一番終わり、までは、まだまだ時間がある。だから、今は何も考えないで、ゆっくり寝てしまえばいい。自分も、出来ることなら、彼も。
バスが一度、大きく揺れる。体が傾くのを感じたけれど、礼史が瞼を上げることはなかった。その直後に、耳の上あたりに、何か少し硬くて少し柔らかくて、あたたかいものがあたる。それは車体の揺れに合わせてぐらぐらと揺れる頭を固定するには丁度いい高さにあって、何より、そのぬくもりが心地良い。それに体を預けて、穏やかな呼吸を繰り返すうちに、さざ波にさらわれていくように、礼史は眠りに落ちていった。
「……重ぇんだよ、バカ……」
 閉じた瞼の向こう、遠のいた世界から、戸惑う誰かの声が、聞こえた気がした。







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あきゅろす。
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