[携帯モード] [URL送信]
01



柔らかなオレンジがかった色のいくつもの灯りが、広い室内を染め上げる。
外界と遮断されたようなその空間には、いくつもの背の低いテーブルと高級そうなソファがセンスよく並んでおり、ゆったりとした音楽が流れている。


ともすればそこは、まるで高級ホテルのロビーのようだが、それと大きく違うのは――
――いたるところで、女にニセモノの愛を囁く男の姿が見られるところだった。


「おいしい?キイチ」


男たちは、いずれもが、かなりの美男子ばかり。
各テーブルで、各々が思い思いに女を持て囃(はや)し、嘘の言葉で女を愛している。
女たちは、その言葉が偽りだと知ってか知らずか、ぽおっと男たちの言葉と容姿に酔いしれた。


そんな男たちの中でも、一際目を引く男が、一番広いテーブルにいた。



その男は、一番中央の、一際大きなテーブルに座っていた。
黒茶色の髪、その下のすっと細められたアーモンド型の目。
黒いスーツの下に大きく襟元があいたグレーのワイシャツを着ている。
全体的に黒っぽい色彩が、彼の容姿を引き立たせた。


「ええ。貴女が頼んでくれたものですから」


そう男は笑み、嬉しそうな顔をする女性に「すごく美味しい」と甘く囁く。
赤面する女性を他所に、長く細い指でグラスに触れ、口にそれを運ぶ仕草は美しく、どこか気品に溢れていた。
小さく喉仏を鳴らし、グラスの中の酒を飲み干す様でさえ、色気がある。

そんな彼の横に座る女性は、すっかりと恍惚とした表情で、彼に見いるほどだ。


「…美幸さん。俺の顔に、何かついてますか?」


程よい低さのその声は澄んでいて、穏やかだ。
困ったように苦笑を向けながら言われ、美幸と呼ばれた女性は、はっとしたように息を飲み、顔を赤らめた。


「い、いえ…ごめんなさい、つい」
「謝らないでください。…貴女のような綺麗な人に見つめられて、上がってしまっただけなんです」


こちらこそ、すみません。
そう照れた笑いを浮かべながら言われて、どこの女が赤面しないと言うのだろう。
例に漏れず、美幸は先程よりも顔を赤らめ、誤魔化すようにグラスに口をつけた。


口内に広がるのは、先刻隣の男のために頼んだ、ロゼというシャンパン。
毎回ここに来る度に頼んでいる品物だ。
1本10万はするものなので、美幸には1回に何本もというわけにはいかないが、それでもなんとか毎回欠かさずに頼んでいる成果で得た、右薬指の指輪。
美幸はそれを見つめ、隣の男の同じ指に光る同じ指輪に目をやり、微笑んだ。


これは、彼にとって自分が「大切」な人間であることの、証なのだ。


「…もう、ラストソングの時間みたいですね」


そんな美幸の髪に何気なく触れ、悲しそうに男は言う。
美幸はやはりそれにも顔を赤らめながら、ぱっと顔を上げた。


「…今日は、私のところで…?」


感動のあまり、小さく声が震えた。
今までここに通っていて、ラストソング(ラストオーダーの30分後に、その日一番の売上だったホストが歌う歌)を、彼に隣で歌ってもらえることはなかったのだ。
他の彼目的の客にとられ、自分は彼の歌声を離れた席で聞く。
それが、常だったのに。

そんな美幸に、男は、穏やかに甘く、微笑んだ。


「ええ。貴女のためだけに」
「……キイチ…」


感極まった様子で、美幸はそう彼の名を呼び、その肩に頭を預けた。
男は嫌な顔一つせず、むしろ愛おしむように甘やかに笑い、彼女の頭にそっと手を添える。
その手に、ふと香る爽やかで、だがどこか甘い彼の香りに、美幸は幸せを噛み締めた。

けれど、同時に、胸を締め付けるのは。


(――このまま、いつまでも)
(彼を、一人占め出来たら、いいのに)


そう出来たなら、どれだけ幸せ、だろう。
有り得ない願いだとわかっていても、触れる手の優しさに、鼻を擽る彼の香りに、どんどん想いは膨らんでいく。


(私だけに触れてくれたら)
(私だけを抱き締めてくれたら)


(私だけを、愛してくれたら、)



「皆様、今夜もお越しいただき、ありがとうございました」


店中に広がる、腰に響くような心地よい低音の声。
その声にはっとし、美幸は頭を男の肩からどけた。







[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!