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03



美形揃いの人気ホストクラブである『PRAYER』が店を構える繁華街は、恐ろしく治安が悪く、警察もまともに来ないような場所だ。


窃盗、恐喝、万引き、喧嘩、リンチ、人身売買。

日常のどこかしこにそんなものが溢れていて、たとえそれらが行われている現場にいたとして、それを止める者もそういない。
大抵、自らそれに参加してくるか、見ないフリ、知らないフリ、をして、何事もなかったかのように通りすぎるかのどちらかだ。


そんな繁華街にあるのだ、いくら美形揃いのホストクラブがあったとして、とてもとてもそこに足を運ぶ客がいるようには思えない。


しかし今宵も、荒んだ繁華街の一角で、きらびやかな宴は、たくさんの男女に惜しまれながら、幕を閉じた。





営業を終えた店内では、あちこちで横になろうとするホストたちの姿が見られた。
ソファに目をつける者、床に横になろうとする者、かと思えば階段に横になる者。


ここ、ホストクラブ『PRAYER』では、営業後2時間までの店泊が認められている。
(店泊とは営業後ホストが店内で仮眠をとることだ)

だから、ホストたちは皆、店内のあちこちに横になり、少し寝て疲れをとってから、それぞれ帰宅するのだ。
メイン(指名をもらえるホスト)もヘルプ(指名をもらえないホスト)も、皆が疲れている。
だからこの貴重な店泊の時間に騒ぐ者はいないし、そんなことは許されない。

のだが。


「きいっちゃああん!」


まるで少年のようなボーイソプラノの声が、店内に響いた。
ホストクラブには不釣り合いな、中学生か高校生の幼い声だ。
それはうるさいほどの音量で、酒の入った疲労した体には毒とも言えてしまえそうなほどだった。
しかし、この場にはそれを咎める者はいなかった。
ただ一人、この人物をのぞいては。


「うるさいぞ、アオイ。みんな疲れてるんだ、少しは配慮しろ」


がばっと自分に抱きついてきた先ほどの声の主を、引き剥がすこともせずその人物は言った。口調こそ多少厳しいものの、その表情は至極穏やかだったが。



暗い茶色にムラなく染められたウルフの髪。
少し長めの前髪の下の目は、綺麗なアーモンド型で、すっと細められている。
無表情でいるとおそらく冷たいと思われるだろう整いすぎて無機質な容姿だが、穏やかな表情を浮かべているとそこに温度が加わり、その容姿をあたたかくする。


この人物こそ、若年20歳にしてこのホストクラブ『PRAYER』のNO.1ホストとして君臨している、本名、早河 希一その人である。



「えへー、きいっちゃんイイ匂いするー…」


対する先ほどの声の主は、声同様幼い顔で、ニコニコと満面の笑みを浮かべ、希一に抱きついたままだ。
この歳でこんなことをして許されるのはこの人くらいだろうな、と内心呟き、希一は笑った。



179センチと、一般的に見て長身の希一よりも、10センチ以上小柄な細い体。
ふわふわの柔らかそうな栗色の髪は、前髪を向日葵のピンでとめている。
垂れた大きな黒い目は幼さと愛らしさを引き立て、どこからどう見てもせいぜい高校生の少女にしか見えない。


源氏名、アオイ。本名、三上 葵。
『PRAYER』のNO.4ホストで、こう見えて23歳の列記とした男である。



「んーやっぱり仕事終わった後のきいっちゃんは格別だよねー」
「なんだそれ。人を酒か何かみたいに」


葵の言葉がなんだかおもしろくて、希一は葵の頭をぽんぽん叩きながら、クスクスと笑った。
その表情に、二人を見ていたホストたちがぽおっと見惚れる。
それに気付いてアオイは、無自覚だねえ、と笑ってしまった。
希一は、小さく首をかしげた。


仕事終わりの希一には、なんとも言えない色気がある。
おそらく入った酒と疲労と達成感などのせいなのだろうが、気だるげで、しかし仕事の前より穏やかな表情をしているのだ。
さっきの葵の発言には、そういう意味も含まれていたのだ。

本人はしかし全くの無自覚で、今もこうして色気を振り撒いている。







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あきゅろす。
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