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02



美幸たちのいるこの席の、丁度正面にある円状のホールのようなところに、白みを帯びた光を浴びて、一人の男が立っている。
微笑を称えて優雅に一礼をする様は、まるで物語の中の紳士のようだが、その目には、どこか野性の影が見え隠れした。

そんな対照的な雰囲気を併せ持つ、これまた端整な顔立ちの男に、女性たちのほとんどが見とれた。


「今宵はお楽しみいただけましたか?…残念ながら、もうじき夜が明けます。今宵の宴は、ここまでと致しましょう」


レイヤーにされた茶色のまじった黒髪。
つり上がった黒い目。
緩やかな曲線を描く口元。
綺麗に筋肉がついた長身。

そんな男ならば誰もが憧れるような容姿と、誰もが認める絶対的な存在感は、流石としか言い様がない。


「宴の終わりを惜しむ声の代わりに――大切な貴女に、彼から、歌を捧げましょう」


人気ホストクラブ、『PRAYER』の若きオーナー――風見 結城。
風見はまた優雅に一礼し、顔を上げると、“彼”を見た。
今宵、一番の“愛”を手にした、美幸の隣にいる、彼を。


「…歌わせて、いただきます」


店の隅にいたボーイの一人が、タイミングを見計らい、彼の元へマイクを持ってくる。
店中の注目が彼に集まり、女たちのほとんどは密かに色めき、
男たちの一部が女には見えないように、悔しそうに唇を噛んだ。

彼はマイクを受け取ると、よく通る心地よい声でそう言い、美幸の肩をそっと抱き寄せる。


「…貴女のために」
「――っ」


マイクを通さずに、直に耳元で囁かれ、美幸はまた顔を赤らめた。
それに悪戯が成功した子供のように、嬉しそうな蕩ける笑みを見せ、彼は彼女の肩を抱いたまま、マイクを近付ける。
歌うのは、彼女がいつだったか、好きだと言ったうた。


「…――…」


マイクを通して店内に流れる、まるでオルゴールの音色のように、優しく甘やかな歌声。
彼の歌う歌に、驚いたような表情を浮かべる美幸。
きっと、自分の好きな歌を歌い始めたことに驚いているのだろう。

しかし、そんな表情も束の間で、すぐに蕩けた笑顔を浮かべ、美幸は恍惚と彼にもたれかかる。
本当に、幸せそうに。
うっとりと目を閉じる彼女に、彼はまた微笑んだ。
まるで、本当に愛しい者を見るように。


(…もっとだ)


しかし本心では、無表情に、穏やかな笑みとは全く違うことを思いながら。


(もっと、俺に溺れて、俺の愛を買えばいい、)
(法外な金を、出してでも)


誰にも、譲るわけにはいかないのだ。やっとのことで得たこの地位を。
彼女が、自分に愛されたいように。
自分にも、必要とされたい人が、いるのだから。


(そのため、なら、)


罪悪感が、自己嫌悪が、全くないと言ったら、それは虚言になるけれど。


(俺は、)


彼は、隣に座る女を見つめ、髪を撫でながら、ありきたりなラブソングの最後の言葉を、歌った。
自分を見ている、大切な人の視線を、感じながら。


「――愛してる…」


――たとえば、そうすることで、あなたに必要としてもらえるのなら。
俺は幾らでも、愛を売る。
見せかけだけの、高額な愛を。




「愛してる、…美幸さん」


彼にとっては、それが、世界のすべて 、だった。








第1楽章:日常。










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