02 俺はあの日まで、大事なものを傷付けて嫌われる恐怖から、ずっと逃げてきた。 だって、大切にしようとすればするほど、こわしてしまった時の喪失感と自分への失望は大きい。 大事に思えば思うほど、嫌われた時の心の傷は深い。 俺はそれが怖かった。傷付けることも傷付くことも怖くてたまらなかった。 だから、逃げた。ずっとずっと、逃げてきて。 (…あ、……睫毛ついてる) ……なのにこの人からだけ中途半端に逃げきれずに、あんなことを、してしまった。 どれだけ傷付けたか、それはきっと、俺の想像以上の痛みだっただろう。 それをこの人は一人で受け止めて、傷付いて。 そんな姿にこの人からの想いを見て、安堵していた醜い矛盾だらけの俺。 (……すき、だなァ) だけど今は、ヘタクソでもいいからこの人を大事にしたいと心から思う。 正しい愛し方が出来てるかわからない。 ちゃんと大事に出来てるかわからない。 先輩が今もまだ、俺を好きになりたくなかったと思ってるかは、わからない。 だけど、大事にしたいんだ。 大事にして、ずっとそばにいてほしい。 ずっと俺を好きでいてほしい。 こんなの初めてで、あんなに傷付けたのにまだ俺を好きだと言ってくれて、そばにいてくれてる先輩を、毎日また好きになる。 息も苦しいくらいに。 いっそ呼吸も、ままならないほどに。 (すき、) (好きです、大好きです、世界で一番) (あんただけ、って本気で思うんだ) 心の中で何回も繰り返しながら、雑誌に夢中の先輩に、四つん這いでゆっくり近付く。 松本先輩はちらっと上目でそんな俺を見ただけ、すぐ雑誌に目を戻した。 構わず、近付く。 先輩まで、あと、1メートル。 「……」 「………」 何も言わずに、ただ見つめた。 特に近付いたことに理由はない。 ただそばにいきたいと思っただけ。本当に。 ああ、それなのに。 (……さわり、たい) 近付けば近付くほど、触れたいと思ってしまう。 茶色に染められた、少し固い、傷んでるのに指とおしのいい髪を撫でたい。 少し日に焼けたキメの細かい肌に触れたい。 うすい形のいい唇に、キスをしたい。 先輩の全部に、もう一度触れて、やり直したい。 込み上げる欲情とは違う気持ちは抑えようがなくなりそうで、自分でも少し怖い。 大事にしたいから、もう傷付けたくないから、先輩から触れてくれるまで何もしないって決めた。 なのに、…さわりたい。 ← → [戻る] |