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ep01−05.秘密を少しお話しします





* * * * * *



「お久しぶりです、お二人とも」


そう僕と爽平に優しく声をかけてくれる、中性的な細身の男性(ただし、無表情)。
晋吾さんの秘書である、茂浦さんだ。
理事長室の外でじゃれあっている二人に痺れを切らしたらしく、 理事長室の中から茂浦さんが出てきて、無言で晋吾さんたちを中に放り込んだのが、ついさっき。
続いて中に入るよう促された僕と爽平が、理事長室の高級感に圧倒されてキョロキョロしていたら、茂浦さんがソファに座るよう勧めてくれた。
黒い革製のソファは、程よく弾力があって落ち着く。


「本当に、お久しぶりですよね。晋吾さんとは、去年の夏に一回逢ったけど……」
「そんときには、茂浦さんいなかったっスもんね」
「はい。だから、晋吾様にお二人の転入を聞いて、本当に嬉しかったんですよ」


そう言う芝浦さんの顔には、相変わらず声とは反対に笑みがない。
だけど、よく見ればわずかにその金色の目が優しく細められていることに気付く。
親しい間柄じゃないと、絶対にわかりえない表情の変化だ。
そのせいで芝浦さんは、よく無慈悲で冷酷だと誤解される。


「今、お茶をお持ちしますね。珈琲と紅茶、どちらになさいますか?」


こーんなに、優しい人なのに。ちょっともったいない。
それにしても相変わらず、言葉遣いと所作がすごく綺麗だなぁ。特に言葉遣いなんか、本当に爽平にも見習って欲しい。
「〜ス」は敬語じゃないっての。


「僕は、ストレートの紅茶をお願いします」
「珈琲を、ミルクと砂糖つきで」
「かしこまりました。……ミルクと砂糖は多め、でしたよね?」


少し悪戯っぽく、茂浦さんが言う。それに、爽平が照れ臭そうに笑って応えた。

茂浦さんは、晋吾さんの昔からの付き人だ。
そのため、晋吾さんと交流のある僕らは、必然的に茂浦さんとも親しかった。
だから僕や爽平の飲み物の好みも覚えてくれている。
そういうところが、本当にすごいなぁと思う。


「ひっどいわぁ、シゲ。仮にもゴシュジンサマである俺を放り込むなんて!」


そんな茂浦さんに理事長室に放り込まれた晋吾さんは、子供のように頬を膨らませている。
はっきり言ってアラサーの男がやって許される仕草じゃないよ、それ。
茂浦さんは、目元にわずかに乗っていた笑みを消して、晋吾さんに向いた。


「申し訳ありません。転入生二人を放っておいてじゃれあってるゴシュジンサマについ堪忍袋の緒が切れてしまいまして」
「放置なんてしとらんで! あ、俺とウサギはブラックコーヒーやで!」
「ご自分でいれられたらどうですか……」


茂浦さんの嫌味もどこ吹く風、晋吾さんは呆気からんと笑うだけだ。
マイペースというか、なんというか。
相変わらずのやりとりに、なんとなく懐かしくなる。
茂浦さんも、なんだかんだ珈琲をいれてあげるんだろうなあ、と思ったら笑ってしまった。
その直後。


「あ、……俺は、さっき缶コーヒー飲んだばっかだから、結構です」
「……そうですか」


柏木先生が、茂浦さんにそう小さく手を振った。
茂浦さんはそれを見て、短く答えると、どこかに行ってしまった。きっと、給湯室だろう。


「いやー、それにしても、ほんまに久しぶりやな」


なんとなく僕が茂浦さんがいなくなった方を見ていたら、晋吾さんの明るい声がした。
その方を見れば、僕らと向かい合うようにソファに座る晋吾さんの姿。
柏木先生は、僕らと晋吾さんの間の低いテーブルの横に、立ったままだ。


「……そうだね。電話はしてたけど、会えなかったからね」
「せやなあ、学園の方が忙しかったからなあ」


肩を竦めて苦笑する晋吾さん。31歳にしてこの超一流名門校の理事長を務めているのは、純粋にすごいと思う。


「ソウとは、電話も出来へんかったしなあ」
「……あー、スイマセン。色々、ドタバタしてたからさぁ……」


歯切れ悪く爽平が答えると、晋吾さんは「謝ることやない」と笑った。
ちなみに、ソウっていうのは爽平の呼び名のひとつだ。晋吾さんと、ごくわずかな知り合いしか呼ばない。


(晋吾さん、)


声には出さずに呼びかけて、爽平には気付かれないよう、机の下の晋吾さんの足を軽く踏む。なにこれキツイ、足つりそう。


「ん?」


晋吾さんは、気付くと同時に僕のほうを見もせずに、小さく頷いた。
それに何を返すでもなく、僕はそっと、晋吾さんの靴の上から足をどけた。

……今思い出したけど、晋吾さん、そういえば高そうな革靴、履いてたような……。
…………あとで謝ろう。


「……お待たせいたしました」


茂浦さんが、カップの乗ったトレーを片手に、奥の部屋から戻ってきた。
すごく、いい匂いがする。芝浦さんのいれてくれたお茶はすごく、おいしい。
コトリ、と静かに手元に置かれたカップの中身はすごくおいしそうで、カップ自体は、やっぱり見るからに高そうだった。
……飲む時手が滑らないように、注意しなきゃ。


「おおきにー」


そしてやっぱり、芝浦さんは晋吾さんの分も珈琲をいれてあげていた。
芝浦さんがいれてくれたばかりの珈琲を、晋吾さんが静かに啜る。
それを見届けてから、「いただきます」とカップに手をつけた。
爽平は、隣でルンルンでミルクと砂糖を入れている。


「おいしい」
「それはよかった」


今度おいしい紅茶とコーヒーの淹れ方、教えて欲しいなあ。





* * * * * *



「……んじゃ、うまいお茶を飲んだところで、改めて紹介すんで」


紅茶がカップの半分くらいの量にまで減った頃、晋吾さんが、そう切り出した。
その声の真剣さに、自然と、晋吾さんへと視線が集まる。
晋吾さんは、立ったままの柏木先生を一度見上げて、話し出した。


「こいつは、俺の高校時代からの友人で、柏木兎。担当科目は生物、風紀委員会顧問と2-Dのクラス担任をしとる」
「よろしくな」


晋吾さんに紹介された柏木先生が、にこりと笑う。やっぱりホストに見えるなあ。
っていうか、先生風紀委員会顧問なんだ。見た目こんななのに。
そんな失礼なことを考えながら挨拶を返す僕らに、「ちなみにな、」と晋吾さんが真面目な調子のまま言う。


「ウサギは、俺が一番信頼しとる男や。せやからさっき、玲との関係も暴露した」
「……うん、わかってるよ。大丈夫」


僕も、晋吾さんがそんな軽率で考えなしな人だとは思っていない。
(あ、柏木先生がちょっと照れてる)


「そんでな、……もうちょい詳しく、ウサギには説明しときたいねん。玲と爽平がここで生活する上で、サポート出来る人間が必要やろ」
「サポート? ……」


小さく首を傾げる柏木先生。でもそれ以上は何も言わない。
「ずっと俺かシゲがついとければええねんけど、立場上無理やし」と眉を下げる晋吾さん。こっちとしてもそれが一番助かるけど、そりゃそうだろうなあ。
ましてや僕は、この学園では“久守下家の分家の一人息子”としてではなくて、ただの“バスケの特別待遇生”として過ごすんだから。


「……話す、って……」


晋吾さんの言った言葉に、隣の爽平が、緊張からか少し体を強張らせたのを感じる。


「……どこから、どこまでを……?」
「ああっ、全部やないで、安心しい。二人が転入してきた大まかな理由と、そのカッコの話だけや」


爽平の様子に気付いた晋吾さんが、慌てた調子で胸の前で両手を振りながら否定する。
僕も、「大丈夫だよ」と笑いかければ、爽平は細く長い息を吐いて、体から少し力を抜いた。
それに安堵しながら、僕は柏木先生をもう一度、見る。

柏木先生は、僕らの会話についていけていないはずなのに、文句も言わず黙って僕らを見ていた。
いい人、だよなあ。


「……うん。僕も、柏木先生にお願いしたいです」
「そうか。……爽平は、どうや?」


「無理やったらそれでええんやで」と言う晋吾さんに、爽平がすっと目を伏せる。
度の入っていない眼鏡の向こうで、長い睫毛が少し震えていた。
それでも、また晋吾さんの方を見て、爽平は頷いた。


「支えてくれる人がいないと自分が何も出来ねーのは、わかってるから」


だから、お願いします。
そう頭を下げる爽平に、僕も同じように頭を下げた。
支えてくれる人がいない何も出来ないのは、僕も同じだ。
そんな僕らに、晋吾さんは優しく笑った。
けど、すぐにその表情を消して、また柏木先生を見上げる。


「……で、や。ウサギ」
「おう」
「まず、“篠ノ井玲”の紹介やけど」


そう言って、晋吾さんは僕の方に掌を上に向けた右手を、少し差し出す。


「さっき暴露したとおり、玲は俺のはとこや。ただ、俺のじいさんの弟である玲のじいさんが本家を抜けて分家として独立して以来疎遠やったせいで、俺が20歳になるまでは玲の存在も知らへんかったけどな。……初めて会った時のこいつの可愛さといったらもう……!!」
「晋吾さん、話が脱線している上に気持ち悪いよ」


勝手に興奮しないでよ、もう。


「ああ、すまんすまん。……っちゅーワケで、“篠ノ井玲”は偽名や。本名は、久守下玲。うちの分家の一人息子や。篠ノ井は母方の旧姓」
「偽名……? 何のためだ? どうして、偽名を名乗る必要が……」
「家柄を隠すためや」


そう短く答え、晋吾さんは柏木先生の右手首を掴んだ。
そして、少し驚く柏木先生の手をぐいっと引き、無理やり、自分の隣へ座らせた。
ぼすん、と黒いソファに沈む長身。
文句を言いたげな先生をスルーして、「玲はこの学園では、“バスケの特待生の一般庶民”として生活する」と続けた。


「クラスも2-Bに在籍さす。……ああ、B組ってのは一芸特化クラスやからな、玲」
「うん、わかった」
「担任は、ええ人や」
「……変態だけどな」
「え?」


へ、変態?
柏木先生がげっそりした様子で呟いた言葉を、すかさず耳がキャッチする。
その言葉について問い詰めたいところだったけど、やめておいた。
あとで聞けばいいや。


「ほんで、こっち。恭山爽平」


今度は、左手で爽平を指す晋吾さん。
先生の視線も、爽平へ向く。
爽平が、また目を伏せる。


「爽平は、本名や。迎え行かせる前にも言うたけど、玲とは幼馴染でな。俺が玲と初めて会ったとき、爽平も一緒におったんや。あんときの爽平のラブリーさといったら……!!」
「だ、か、ら。ところどころで変なスイッチ入るのやめてくれないかな、晋吾さん?」


ショタコンか。


「すまん、つい。……ほんで、クラスは2-D……つまり、お前のクラスに在籍させることにした」
「え? 俺?」
「えっ、……柏木先生?」


晋吾さんの言葉に、先生と爽平が同時に反応した。
僕はやっぱりなあ、と軽く納得する。
さすが、晋吾さん。僕がしてほしいこと、よくわかってくれてる。


「いやなん?」
「いや、そうじゃねえけど」


「でも、」と言いにくそうに、視線を彷徨わせる先生。


「……転入生の一人は試験で全科目9割以上とったんじゃなかったか? お前そう言ってたよな?」
「せやな」


晋吾さんが、横目で先生を見ながら、珈琲を啜る。
僕も紅茶をゆっくり飲みながら、横目で爽平を見た。
大好きな芝浦さんがいれてくれた珈琲にも、この話が始まってから口をつけていない。


「そんな点数叩き出せたなら、必然的にA組になるはずだろ? どうして、D組に?」
「そんなの、極力目立たんようにするために決まっとるやんか」


そう言って、晋吾さんはカップを置く。もう飲みきってしまったらしい。
芝浦さんがそれに気付いてカップをとり、晋吾さんを見る。それに対して「頼むわ」とだけ答えると、芝浦さんは何も言わずに、また奥の給湯室に消えた。


「爽平は、この試験で全科目、ほぼ満点をとった。お前の言う通り、本来やったら即、A組行きや。せやけど、そんなことが知れてみぃ」
「……俺、そんな頭良かったんだ」
「爽平空気読んで」


小さく、僕にしか聞こえない声で囁く爽平。
それに冷たく返しながら、少し安心。
よかった、思ったより落ち着いてる。


「季節はずれの転入生、全科目9割以上で試験をパス、一般家庭、同時に転入してきた親友はバスケの特待の美形くん。……似たシチュエーション、覚えがあるやろ?」
「……あいつ、の、二の舞か?」
「爽平の性格じゃ、あそこまでにはならんと思けどな。今はあの頃よりずっと学園も落ち着いとるし。注目はされるやろ」


あいつ……?
そう二人で首を傾げると、気付いた晋吾さんがごまかすように笑う。


「せやから、クラスはD組にする。転入試験は、7割以上とれればええわけやから、転入生がDに在籍したってなんも不思議はないやろ」
「まあな……」


僕と爽平にとって一番大切なのは、極力目立たないこと、だ。
それには、ずば抜けた頭脳や家柄は邪魔になるのだ。
「D組いうんは、普通クラスやねん」と笑って晋吾さんが言うのに、爽平が頷く。


「そんでな。爽平はホンマは、一般家庭なんやけど」
「ああ」
「俺の妹の、小百合おるやろ? 小百合の恋人っちゅーことになっとるから」
「わかっ……はぁああ?」
「もちろん、恋仲やないけどな」


そうなんだよね。































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あきゅろす。
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