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ep01−04.理事長は変人です




ウサギ、というのがなんなのかはとりあえず置いといて、僕は爽平と顔を見合せ、頷きあう。
二人で一歩二歩角へ近付き、ひょい、とその角の先をのぞきこんだ。
その廊下の突き当たり、開かれたシックな作りの扉。
その前で口論をしている、柏木先生と、それからもう一人。


「馬鹿か! ちゃんと迎えに行ったわ!」
「ほんまかぁ? おらへんやんけ、どこにいてるん?」
「……お前がこんなとこでアホヅラ下げて突っ立ってるから向こうの角で待たせてんだろうがぁあ……ッ!」
「アホヅラ? どのツラや?」
「そ……っんのツラじゃボケェエ!」


関西弁でとぼけたことを言うのは、暗い茶髪を緩いオールバックにした男。
黙ってれば男らしいと言われる美形なのに、今は見る影もない。


「うるっさいわあ、ウサギちゃん。ええから転入生はよ連れて来たって」
「ウサギちゃん言うんじゃねえ……つか連れて来るからお前は早く中に入れって」
「あ、やっぱええわ、ウサギちゃん。俺が迎えに行くわ。そこの角におんねんな?」
「だから人の話聞けよお前はよ」


かんっぺき柏木先生、遊ばれてるなあ……。
ていうか、先生最早声抑えるの忘れてるよね。
なんであんな仲良いんだろ、とかウサギちゃんってまさか柏木先生?とか色々思うところはあった。

だけど、「二人仲良いねー」と爽平に言った、直後。
柏木先生によって理事長室に押し込められそうだったその人が、こっちを見た。
僕らがのぞいてる、角の方を。


目が合い、その瞬間、その端整な顔がデレっと崩れる。
思わず二人で「うあ」と声を揃えて言ってしまうような、変貌っぷり。
そして柏木先生に尚も理事長室に促されながら、僕らの方へと、ブンブンと手を振った。


「玲、爽平!!」


その嬉しそうな声、表情。
「家柄隠してるのに親しげに名前呼ばれたら怪しまれるじゃん!」と思いながらも、それらに思わず、苦笑がもれた。
なんていうか、もう……。


相変わらずだなあ。


「え、……は?」


振り返った柏木先生、一人が事態が飲み込めてないようだ。
目をぱちぱちと白黒させながら、僕らとその人――この華雪谷学園の理事長を、交互に見ている。


「玲、行こうぜ」


「早速バレそうだな」と苦笑する爽平に、僕は頷いた。
柏木先生は、僕らと理事長が知り合いだということを知らなかった。
だから、きっと理事長ーー晋吾さんが、僕の家柄を柏木先生にも隠しているものだと思っていたけど、この様子を見ると、そうではないらしい。

晋吾さんは、柏木先生には僕のことを話すつもりでーーだけど、わざと先生に何の説明もしていなかったのだ。
柏木先生遊ばれたんだなぁ、と思うと同情してしまう。でも。


(柏木先生のこと、信頼してるんだろうなあ)


晋吾さんは、久守下家の次期当主だ。安易に誰彼構わず、大切な秘密を漏らしたりはしない。
そんなことを思いながら、小走りで、理事長室へ向かった。
晋吾さんが、ニコニコデレデレ、笑いながら僕らを待っている。
柏木先生は硬直中だ。


「お久しぶりです、晋吾さん」
「お久しぶりです」


頭を下げて、挨拶。
本当に、こうして顔を合わせて逢うのは約一年ぶりだ。
逢えて嬉しい。
相変わらずなテンションと似非関西弁には苦笑いがこぼれてしまうけれど。
本当に、お世話になった人だから。


「改まらんでええ、寂しなるやろ? ええから顔上げて、よう顔見せたって」


そう言ってくれた晋吾さんに、僕らは顔を上げた。
瞬間、がばっと抱きつかれる。
……この抱擁も、一年ぶりだなあ。


「っちょ、苦しいって、晋吾さん」
「晋吾さん力強ぇよ」
「愛の抱擁や! ほんっまに久しぶりやなあ、よう来たなあ、会いたかったで二人とも!」
「だ、から、苦しいってばー」
「いってー」


片腕にそれぞれ抱かれて文句を言いながらも、僕も爽平も笑っていた。
頭をわしゃわしゃされても、気にならない。いや、気になるけど、別の意味で。


「…………え、マジでなに? つか俺空気?」


呆然と呟く柏木先生。
僕より先に、珍しく爽平が反応した。


「ちょい、晋吾さん。俺も逢えて嬉しいけど、一回離れた方が良くね? 柏木先生困ってるぜ」
「ええねん、ウサギは放っといて」
「ってんめ……、晋吾ォ!」
「良くないでしょ」
「ウサギって柏木先生?」


……ちょっと爽平、空気読んでよ。
僕も気になったけど今は突っ込まないでいるのに。


「せやで、あいつ本名な、柏木兎ゆうねん。かわええやろ」
「かわいくねえっつってんだろ!」
「……柏木、」
「ウサギ」
「お前らも反復しなくていい!」


なんとなく予想はしていたけど、あまりに可愛らしいその名前を、思わず反復してしまった。
その瞬間、晋吾さんに噛み付いていた柏木先生が、抱きつかれたままの僕らの頭を叩いた。
柏木先生、顔が真っ赤です。

そんな先生に、晋吾さんはわざとらしく片方の眉を上げ、僕らを抱き寄せる力を強くする。
でも、口元笑っちゃってるよ。


「ちょお、ウサギ! うちのかわいいはとこと親友虐めんといて! 許さへんで!」
「……は」


晋吾さんのその言葉に、先生はぴしりと固まった。
そして、ゆっくりと僕と爽平、晋吾さんを見る。
晋吾さんは、僕らを抱きながら今にも吹き出しそうだ。爽平は爽平で、楽しそうに柏木先生を見ている。
先生と目があって、僕は「そういうことなんです」という気持ちを込めて、曖昧に微笑んだ。
それに、はぁああぁあ、と深ーいため息をついて、額に手を当てる柏木先生。どうやら、すべてを悟ってくれたらしい。

僕と晋吾さんははとこ同士でーー晋吾さんが事前に僕らについて何も教えなかったのは、
遊ばれてたからだってことを。


「…………晋吾ォ」
「なんや?」
「……お前マジで、一回やってもいいか?」
「嫌やわ、ヤるやなんて! ウサギちゃんのえっち! エロ教師!」
「ばっ……そっちのヤるじゃねえよ!!」
「乱暴……せんといてね?」
「っ死ねぇえええ!」

「仲良いな」
「そうだね」


とりあえず、だ。
どうやら晋吾さんは、柏木先生をからかうのが大好きらしい。




























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あきゅろす。
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