ep01−03.先生はいい人です
少し歩くと、大きな木製?の扉が三つ並んでいた。
着いたのかと思えばこれはエレベーターで、これからエレベーターに乗るらしい。
……普通に部屋の扉だと思ったのは、仕方ないことだよね。うん。
先生がタッチパネルで番号を打ち込むと、エレベーターの扉が開いた。
「無駄にハイテク」と呟く爽平は、実はけっこうな機械音痴だ。
「ほれ、はよ乗れ」
立ち尽くす僕らにおかしそうに笑う柏木先生に促され乗りこむと、エレベーターには行き先階ボタンがなかった。
無駄に豪華な造りだったことには、もう何も言わない。
初めて見る造りのエレベーターに、僕と爽平は戸惑った、のだけれど。
「ああ、これ、理事長室直通のエレベーターだから」
……だそうだ。
柏木先生いわく、ここ、特別棟には理事長室、生活会室、風紀委員会室しか入っておらず、それぞれが違う階にあり、そのそれぞれに直通のエレベーターがあるらしい。
さっきも先生が言ってたとおり、関係者または許可を得た人間以外、立ち入り禁止なんだそうだ。
ちなみに、建物はロの字型になっていて、一階には中庭とエントランスがある。
二階が風紀委員会用のフロアで、風紀委員会室と資料室と応接間と仮眠室と会議室が3つ。
あとトイレとバスルームもあるらしい。
三階が生徒会用のフロアで、風紀委員会フロアと同じ造り。
そして最上階が理事長室のあるフロアで、こちらは上2つの造りに、プラスもう1つ資料室があるらしい。
「……本当に柏木先生が迎えに来てくれて良かったね」
「だな。俺らだけじゃ絶対迷ってた」
着いたらすぐ理事長室に来るよう言われてたから、てっきりすごくわかりやすい場所にあるものだと思っていた。
でも広すぎて無理、わからない。
「俺は門にいるものだと思ってたから焦ったわ」
エレベーターが止まり、扉を手で押さえ僕らを先に下ろしながら、「入れ違いにならなくて良かった」と笑う柏木先生。
見た目に反して、本当に常識人というかいい人だなあ。
「迎えに行くったって、お前らの顔も知らされてなかったからな……声かけてなきゃ会えてなかったぜ」
「あの馬鹿のおかげで」とぼそっと呟く先生に、僕と爽平は思わず顔を見合わせた。
だって、前を歩く先生の表情は見えないけど、その「あの馬鹿」って言い方が、なんか、こう……。
「そういや、お前ら幼なじみなんだって?」
僕らの様子に全く気付いていない柏木先生が、そう顔だけ振り向く。
顔は知らされなかったのに、その情報は教えられたらしい。
思わず苦笑しながら頷くと、柏木先生は「そうか」と優しく笑った。
「ちなみに、いつからの付き合いなんだ?」
「……いつからだ?」
「爽平の家が僕の家のそばに引っ越してきてからだから……二歳じゃない?」
……なんか、改めて考えるとすごいな。
もう十四年一緒にいるとか、なんかおもしろい。
「それからずっと一緒なのか?」
「はい。幼稚園も、小学校も」
「中学も前の高校も」
「そいで、今度は一緒にここに転入か。……なんだお前ら、双子か?」
「腐れ縁の親友ですよ」
「ね」と僕が爽平に笑うのと、「な」と爽平が僕に笑うのは、やっぱり同時だった。
「いいねぇ、仲が良くて」
また前を向いて、先生が呟く。
隣で「まあ、付き合い長いっスから」と返す爽平。
なんとなく気になって、僕は先生に問いかけた。
「先生には、幼なじみとかいらっしゃらないんですか?」
「んー……」
僕の質問に、先生は少し考える素振りを見せた。
もうすぐ、理事長室に着く。
「幼なじみじゃねーけど、もう十五年も一緒にいる腐れ縁はいるな」
「俺らより長いじゃないっスか」
爽平がすかさず返すと、柏木先生は僕らをまた振り返り、照れたように笑った。
少し子供っぽい表情だった。
思わず、僕まで笑ってしまった。
* * * * * *
「…………マジかよ」
件の角にさしかかったところで、前を歩いていた柏木先生が、ふいにぴたりと立ち止まった。
そして、「はぁああ」と大きなため息をついて、そう呟く。
僕と爽平は先生の後ろを歩いていて、まだ角の手前だ。
だから、先生が何にそんなに大きなため息をついたのかはわからない。
さっきまで、色々和やかに楽しく話していたのに。
「柏木先生?」
思わず背中に声をかけると、柏木先生が、顔だけ少し振り向く。
そして、ちょっと疲れた顔で言った。
「お前ら、ちょっとここで待っててくれるか?」
「? はい」
……疲れた顔、じゃ語弊があるか。
疲れてるけど、仕方ねーなァって感じの表情だ。
僕らが大人しく頷いてみせると、先生は「悪ィな」と苦笑して角を曲がっていった。
足音からして、多分小走りだ。
「……なんだァ?」
「なんだろうね?」
首を傾げる爽平に、同じような言葉を返す。
その答えは、すぐに返ってきたけれど。
「……何やってんだこの馬鹿……!」
抑えきれてない、柏木先生の怒声。
僕らはまた顔を見合わせた。
「なんで外で待ってんだよ、中入れッ」
「――……?」
「なんでじゃねえ、威厳に関わるだろーがよ」
どうやら、誰かと話しているらしい。
というより、誰かに柏木先生が怒ってる感じか。
痺れを切らしたような、柏木先生の「いいから入れってっ」という声の直後、ガチャリと扉が開く音がした。
……先生はこの先には、たしか、理事長室があるって言ってたなあ。
「……まさか」
「……まさかな」
爽平と声が重なる。
その瞬間。
「えー……嫌や! ちゅーか、なんでウサギお前、転入生らと一緒やないの? まさか迎えに行かんかったんやないやろな?」
そんな、聞き覚えのありすぎる声が、した。
その瞬間、思わず、大きなため息がこぼれた。
爽平が、そんな僕の横で苦笑している。
「ビンゴだな」
「嬉しくないビンゴだよ」
っていうか、ウサギ?
←
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!