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ep01−01.はじまります





おかしくないか?
もう何度呟いたかわからない台詞を、僕は飽きもせずに高級感漂いすぎる空間に吐き出した。



山を丸々一つ占領するほどの敷地とかさ。

煌びやかな中にも上品さのある門と外壁とかさ。

噴水まである、隅々まで手の行き届いた庭園とか。

どこかの外国映画の世界にでも飛びこんだような錯覚さえ覚えさせる、城のような建物たちとか。


おかしくないか?
(いや、常識的に考えて絶対おかしいよね、これ)
僕は思う。




金持ちめ、何でも豪華にすればいいってもんじゃないだろう、と。






「仮にも久守下家の人間が何言ってんだよ?」


からかうような口調で言いながら、僕を見て笑っているのは、僕の親友。
その愉快そうな表情と口調から、何を言いたいのかは、はっきりとわかる。
それでも不快じゃないのは、僕がこいつ――恭山 爽平の性格を、よくわかっているからだ。


「やーめーてー。僕を金持ちと同じくくりにしないでよ」


だって、僕ら幼なじみだし。


「だってお前金持ちじゃん」
「ちーがーいーまーすー。爽平が一番よく知ってるでしょ、僕が一般家庭と変わりない生活してきてるの」
「ははっ、うん、知ってる」


「悪い、ちょいからかった」って屈託なく笑う爽平。
なんていうか、こういうところが本当に憎めない。

「別にいいけど」と言いながら、なんとなく気になって、僕は歩いてきた廊下――正確にはそこに敷かれた深紅の絨毯――を振り返った。
幸い、新調したばかりの革靴だったから、そこには僕らの足跡のような汚れは見られなかった。


(……大体、建物の中は普通上履きだろ、仮にも高校なんだからさ)


やっぱり、おかしいって。この学園。
そう思いながらも安堵の息を吐く僕を、また爽平がおかしそうに見ている。


「お前、ほんと飽きねえな」
「何がよ」
「……ぶふッ、ウケる」


いや、意味わかんないからね。
いくら幼なじみと言えども、何でも以心伝心なわけじゃない。僕、エスパーじゃないし。
人の顔見て吹き出すとか、失礼極まりないなこいつ。


「……あー、でも、あれだな」
「ん?」


珍しく少し寂しそうな声を出すものだから、僕は爽平を見た。
やっぱり前の学校懐かしいのかな、とか。
おじさんおばさんに逢いたいのかな、とか。
色々思うところはあったから。

でも爽平は、少し目を伏せながら、やっぱり寂しそうな声で、こう言った。


「もう金持ちネタで玲のことからかえなくなるんだな……」
「……あー、ウン、ソウダネ」


いきなり、何を言い出すんだか。心配して損した。
「残念」、って何がだよ。


「……爽平、わかってるだろうけど、」
「この学校では”久守下玲”じゃなくて”篠ノ井玲”、だろ?」


「わかってるよ、耳タコだ」、ニッと笑いながら、爽平は僕の頭を一度ぐしゃっと叩くように撫でた。
それをされると、僕はなぜかいつも安心する。爽平もそれを知っていた。


「分家とは言え、名家の久守下家と関係があるって知られたら、ここじゃめんどくせえもんなァ」


……本当は、それ、二番目の理由なんだけど。
だけど僕はあえてそれは言わずに、「ありがとう」とだけ言った。
爽平は気にした風もなく前を見てて、それに安心する。



久守下家は、名家と名高い、金持ち一族だ。

僕の家はその久守下家の分家にあたり、でも両親も祖父母もあまり多くの金に埋もれた生活を好む人たちじゃなかったから、僕はほとんど一般の家庭と変わらない環境で育てられた。
母は専業主婦だったけど、父は普通の会社で働いていたし。
……そりゃあ、一般より少しは裕福だったとは思うけど。

通った小中学校は公立のごく普通のところだったし、お小遣いなんてものもごくわずかしかもらわなかった。
この間まで通ってた高校も、普通の公立高校だったしね。


「ふぁあ……ねみ」


ちなみに、僕の隣で大口開けてあくびをしている爽平とは、さっきから言っているとおり幼なじみだ。
家がすぐ近くだった僕らは、家族ぐるみで仲が良く、幼稚園から高校まで、ずっと一緒のところにいっていた。


そして今日から、僕らはここ、華雪谷学園で、新しい生活を送ることになる。



「……あ、ちょっと爽平」
「あ?」
「あ? じゃないよ、黒子、ちゃんと隠せてない」
「へ? マジか?」
「ちょっと、止まって」


うっそん、とでも言いたげな顔で自分の口元に触れる爽平。
あんだけちゃんと隠してねって言ったのに。
そう小言(自分でも自覚はある)を言いながら、足をとめた爽平の前で、僕は鞄を漁った。

わりとすぐに出てきたのは、リキッドタイプのコンシーラー。


「……いや、お前なんで持ってんの」
「どっかのめんどくさがりの幼馴染みがやらなかった時のために持っておいたの」
「つか玲、そういうの持ってんの、すげー似合うな。ちょっと焦ったわ」
「どういう意味かは知らないけど、手が滑って口の中に大量に入ったらごめんね?」
「スイマセン」


「ほら、こっち向いて」と言いながら細い顎に手を添えて、作業しやすい向きを向かせた。
「くすぐって、」緩く首を竦める爽平を咎めて、僕は指で爽平の塗ったヘタクソなコンシーラーを指で拭う。

そして、黒子を隠すように、コンシーラーをうまくのせていく。
途中何回も爽平が身じろぎするから、やりにくいったらなかった。


「ん、いいかな」
「さんきゅ。……なあ、玲」
「なに?」


赤く薄い唇のすぐ下にある黒子が隠れたのを確認しながら、僕は爽平の顎から手を離した。

作業が終わるまでの短時間、爽平はぼおっと赤い眼鏡ごしに僕を見ていて、終わった途端、今度は爽平が僕の頬に手を当ててくる。

そのまま至近距離でじいっと見つめられて、でも恥ずかしがるような間柄でもないから、僕もその目を見返していた。


「………玲、お前さあ……」


「ちょーっと待ったぁあ!」


と、爽平が何か言いかけた時、廊下の先から大声が聞こえてきた。
びっくりして弾かれたようにそっちを見る僕ら。
そこにいたのは、


「……ホスト」
「ホストだ」
「いや、ホストじゃねえよ」


一人のホスト(のような男)だった。






















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あきゅろす。
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