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愛ノ証







きかっけなんて覚えてない。

多分、覚えてるのが厭な、そんなもの…だったのだろう。

………所詮。
















ばたりばたと小気味良い音

赤、鮮血、真っ赤な赤。
それは平伏す体内から。
美しい其れの御出座し。





「……98、99、100。」


ああなんて綺麗な赤なんだ、と僕は刃を大きく振る。付着していた血液は綺麗に弧を描き、辺りにびしゃりと模様を造る。
慣れてしまった行為に溜息を吐き、幾多の死体に背を向ける。立ち去ろうとしていた僕の背を背後からまだ生き延びていたらしい名も知らぬ男が斬りかかろうと絶叫を上げて其処に、来た。


「あああぁぁああぁっ!!!」

「……おや、」


 ─────────斬ッ!!


絶叫は断末魔と成り。

男は男の仲間と同じ末路を辿り醜い顔をして倒れた。憎しみの篭った瞳で僕を睨む。


「…ゅ、ユる、サさ、ななナ……!!!」


呂律の廻らない戯言の途中で男の体が仰け反る。
ビクビクとグロテスクに蠢きながら、口内に溜まった唾が混じっているであろう赤を噴出す様はまるで人間芋虫の最期のようだ。


「別に貴方に赦されなくても良いですよ」


僕はいつもの笑顔で男を哂う。

男の仲間の兇器は切れ味が最悪だった。綺麗に死ねた筈の男は未だに死に切れず、無様にもがいている。周りには体内から飛び出た赤が地を染める。白目を剥きながら何かを叫ぼうとしているが口内に溜まった液体の所為でごぷりと音がするだけに終わっていた。


「本当に、人間は、…醜い。」


地面に刺さっていた他の兇器で男の胸を一突き。男の体が大きく跳ねて血がびしゃり、と飛び散る。長い剣で地と縫い付けられた姿はまるで蝶か何かの標本を連想させる。


「…いや。人間芋虫、でしたね」

 
そう問いかけてももう誰も、当の本人すら返事を返してはくれない。
これ以上此処に居ても僕には何のメリットも無いし、任務は無事終了したのだ。

そう思った僕は今度こそその場を立ち去るべく背を向ける。辺りは一面血の海で臭いもかなりする。いつもの光景に僕は微笑で返し、朱に染まってしまった紅茶色の髪を撫で付けた。


「嗚呼。今夜もまた、彼に怒られてしまいますね」


家でデスクワークに勤しんでいるであろう彼を思い出し、そっと苦笑する。意志の強そうなあの瞳で仕事なんか辞めてしまえ、と睨まれると僕は弱いのだ。思わず素直に頷いてしまいそうになる。


「…まあ実際、意思は強いのですけれど」


頑固で一度言った事は中々枉げようとしない彼。僕がどれだけ言おうがその決心は鈍る事を知らない。強硬手段に出て彼を苛め抜いて堕とそうとするが、限界まで粘って気絶をしながらも耐える。泣いて啼いて苦しくとも意地を張っている彼も可愛いが、それと同時に憎らしくもなる。


「あまり激しくすると壊れてしまいますし…」


そう独り呟いて後ろを振り返る。

もう随分と彼方に見える血の海を目を細めて見る。幾多の屍が流した赤が砂漠のオアシスのようだと思い、僕はまた苦笑する。


「きっとこんなこと思うのは僕だけでしょうけど」





流れる赤は何処までも美しく。
流れる命は何処までも頼りなく。
流れる心は何処までも汚らわしく。



でも、


彼は例外。

嗚呼。
醜いものを見ても止まる事無いこの腕は身体は心は、…きっと。
…貴方の為だけに。…磨いているのでしょうね。



いつか美しく嬲る為のその為の行為。
きっと、貴方がきっかけで、貴方が導火線で、火種は燻る事を知らない訳です。


納まる事の無いこの願望染みた欲求を考え僕は僕自身に問う。


『では何故、彼を此処まで殺さずに引き摺る?』


“いつか”とは一体何時になれば訪れるのか。
“いつか”とは一体誰が決めるのか。





「貴方?……それとも僕?」


自嘲的な笑みが唇に乗って僕はそっと顔を伏せる。


「彼の“生”の為にその他の大量の“死”を創るなんて可笑しい、矛盾している…」

彼の為に自分を抑え、その代償に他を犠牲にして精神を保つ僕。あの幾多に転がる屍は所詮、僕の精神安定剤だと言うのか。嗚呼、どうも面倒だ。

…それならば彼を殺してしまえばいい。


「……でも“殺せない”なんて、本当に矛盾している」


そう心の其処から思う僕の脳内は、頑固で意地張りで愛嬌の乏しい彼の、滅多に見せてくれない満面の笑みが映っていた。

僕は唐突に理解する。
嗚呼、面倒臭い事すら心地良い、この感情は。


「…僕は貴方に恋をしているんですね」


改めて思うその辿り着いた結論に、顔の筋肉が少し、和らいだ気がした。

(…まあ、何度目かの結論ですけど)








『愛しています』
『煩い仕事の邪魔だ黙ってろ』


結論があってこそ。
僕は改めてこの恋に気付いて、また貴方に恋に落ちるのだ。


『貴方は僕の事愛していますか』
『…煩いそんな事聞かんでも分かるだろう!』


愛しているからこそ。
相手の持てる全てを欲し奪いたくなり、自分の持てる全てを譲り委ねたくなるのだ。





「僕の為に死んで欲しい、僕の為に生きて欲しい、…正反対の事をどちらも思ってでもどちらも取る事が出来ない…」


それが“愛の証”なんだ、と僕は思う。
愛しているからこその思考と発想に気付くのはもう何度目なのか、なんてことはもうどうでも良くて。ただ一つ、言える事は気付いたのはそれなりの代償が伴った時であったと言う事。
その代償が僕ではなく他人で補われている事はこの際だからまた別の問題としよう、例えば僕の死後、僕が償うとか……


「…取り敢えず帰ったらまず“愛しています”と一言だけ彼に言う、なんて言うのも悪くはありませんね」


彼はいつもの様にまた不機嫌な顔で僕を罵るのでしょうけど…。と、僕は顔を赤らめて部屋に篭ってしまう、いつまで経っても初心な彼に心を逸らせ微笑をする。


 
その微笑みはとても穏やかで。

 

 











荒れ荒んだ町中の血液の臭いのこびり付くその町にまるで似合わない、しかしあまりにミスマッチで浮き立つ、一輪の深紅の花が咲いた。

その花は名の無い、唯一つの特徴と言えば花の色素である朱は人体の血液を吸って付着した色だという事。その事実を知れば人々はその町にそぐう花だと言う。
 
事実、その花は“人食い花”。

しかしその花も愛した者を自ら手に掛ける事は出来なかった。
愛しているからこその思考はその花を苛み、その責め苦から逃れようと手当たり次第に殺めていく、そんな美しくも儚い物語。






 ア
  イ
   ノ
    ア
     カ
      シ




僕の矛盾は即ち貴方への黒の純愛









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あきゅろす。
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