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レイン・スマイル





彼と僕の間柄はあくまで友情。

“他人に偽り自身に偽る”

それは慣れた行為で、きっと今まで忠実にこなしてきた行為。



…なのに。
なのに何故、…?


この想いも、イツワル。
この想いは、マチガイ。



 ……ねえ、

この想いが、ナイテル。






























「お前の貼り付けた、“ソレ”は嫌いだ」


嫌い、と言いながらその瞳は哀しそうに僕を映す。
それだけの感情ならそんなに哀しい顔はしない筈だ、と彼の無意識に自然と笑みが零れる。


「そうですか、僕も嫌いですよ」

「だったらその営業スマイル剥がせ」


即座に突っ込まれた僕のこの笑顔。

“そんなに剥がしたいなら剥がしてあげますが?”

そう言うと彼はそっぽを向く。


「愛してますよ」

「……そうかよ」

「貴方は言ってくれないのですか?」

「誰が言うか馬鹿野郎」


とても残念です、と相変わらずの素っ気ない態度に苦笑しながら、僕は彼のうなじに息がかかるようにわざと言う。

彼がぴくり、と反応した。

更に調子に乗って舐めると、先程より確かな反応を示した彼は甘い吐息を漏らす。
昨晩同じベッドで寝た時(勿論健全に)、クーラー冷えで風邪になるといけないと思って掛けたタオルケットの端をきゅっ、と掴んで耐える姿がなんとも可愛らしかったりするのだが、言うと止めてしまいそうなので敢えて黙っておく。

…が、それにしても、可愛い。


「感じます?」

「…離せよ変態」


彼はもぞもぞと動き出す。
照れ隠しだと分かってはいる。しかしだから何だと言うんだ。逃げる行為には変わらない、取り敢えず阻止を試みた。


「…くあっ」

「良い声ですね。まるで猫みたいですよ」

「誰が猫だ、そして何処触りやがる!!」

「貴方が猫で、すべすべの桃尻ですね」


顔だけを此方に向けて変態っ!、と言う彼にまた愛しさが込み上げてきて、…というか同時に別の欲望も込み上げてきて、流石に微苦笑を浮かべる。

…別に変態呼ばわりされる事が嬉しい訳じゃない。

暫く笑っていると彼はやっと体ごと此方に向ける気になったらしく「ん、」「あ、」と小さく声を出しながら体をくねらせる。


「…ひょっとして誘ってます?」

「本気で殴るぞ?」

「もう殴ってますよ」


割と力の入った攻撃は僕の肩に約60%程のダメージを与えた。
僕が顔を顰めていると“これは正当防衛で勝手に手が動いたんだ”と何事もなかったかのように装い、彼は言う。
しかし耳まで赤くなっている彼の言い訳じみた言葉なんて勿論信じる筈も無く。取り敢えず“僕のせいですか”と返しておく。


「当たり前だ、お前のせいに決まってる」

「それはすみません」

「言葉が薄っぺらいぞ」

「あはは」


こればかりは不可抗力なのでどうしようもない。
ついでにさっき食らった60%程のダメージも彼の可愛い言動で見る間に回復していく。
彼のような人格を世間では俗に“ツンデレ”と言うらしい。…確かに、彼の可愛げのない所が可愛くもあったりする。

これは相当末期かもしれない…と、自問自答に悩む僕だったが、第一好きな人のあんな甘い声を聞いて何の気も起こさないなんてこと有り得るのだろうか。
そんなことは限りなくゼロに近い事なんて知る由もない、腕の中にすっぽり納まる彼を愛しく思う。

あまりの可愛さに、くすりと笑う。


「…やっと笑った」

「僕はいつも笑っていますよ?」

「心から笑ってる顔じゃない」

「そんなにあからさまに分かりますか?」


僕のスマイルがもし、涼宮さんにもそう映っていたらどうしよう…ちょっと不安になってそれとなく尋ねたら、突然、彼がふわりと微笑むものだから思わず心拍数が上昇した。全く無自覚も良いところだ。


「ばーか、」

「え?」

「お前が馬鹿だって言ってんだよ、…どれだけ俺がお前の事見てるか分かってないだろ」

「…キョン君…」


あまりの感動に胸がきつく締め付けられる気がした僕は、がばっと抱き締める。


「ばか…っ、くるし…!」

「大好きです、大好きで…」



僕がそう繰り返しながら彼を強く抱き締めるその時、ナイトテーブルで振動する一定速度のソレが今の時間の終わりを告げる。
……まるで甘い時間を裂くように。そんなのは許さないと言うかのように、無情に。



『閉鎖空間が発生しています。場所は…』

「分かっています。すぐ、行きます」



電話を切ると不安そうな彼が僕を見つめていた。今にも何か言いそうに、一度は半開きに開いた唇。
でも彼は結局何も言わずにその唇を閉じた。とてもゆっくり。淋しそうに。

そう、僕の彼も分かっている。





≪これは変わる事の無い、決定事項。≫





「それじゃあ、行って来ます」

「………」


彼からの返事は無かった。
僕は出来る限りの笑顔をつくった。
…彼の不安が少しでも無くなるようにと。



「…っ、気をつけろよ…っ?」


玄関のドアノブを掴むと同時に掴まれた上着の裾。
伸びる手を追ってみれば、其処には今にも崩れそうな笑顔の彼がいた。


「…はい。気をつけます」


“だからどうか、そんな今にも泣き出しそうな笑顔で笑わないで”


裾を控えめに掴んだカタカタ震える彼の手をそっと握り、彼の肩をそっと押す。
壁に背中を付けさせて彼の唇に優しく自らの唇をあてる。唇を吸うと自然と開かれた。


「…んぅ…」


まるで誘うように開かれた唇の奥、彼の口腔を僕の舌は深く侵す。時折苦しそうに、切なげに洩れる彼の甘い吐息に応えるように更に激しく、侵す。
控えめに動く舌に絡ませれば彼も必死で絡めて応えてくれる。


「…すみません。すぐ、帰ってきます」

「………ん、」


俯く彼の顎を優しく捉え、上げさせると、薄く上気した頬に潤んだ瞳を揺らすとても扇情的な彼が目を伏せる。


「僕を見て下さい。…お願い」


そう言って震える睫毛にキスを落とすと、躊躇いがちに僕を見る彼。その拍子に彼の瞳から綺麗で透明な雫が零れ、そのまま頬を伝う。
彼の流した涙を指先で拭えば、彼は泣き笑いで“ばか”と言って恥ずかしげに僕の肩口に顔を埋めた。





「…こいずみ、」

「何ですか?」

「…だいすき。…だから、早く帰って来いよ?」


突然の告白に驚いていると、いつのまに泣き止んだ彼が綺麗に笑う。
その顔は涙で少し濡れていて目許も朱のままだったけれど、それでも、とても綺麗だった。


「…はい。」




















愛しい彼を支えに、戦場≪閉鎖空間≫へ。

それが僕の君の未来を繋げる、僕の精一杯だから。




( 待っていて下さい…… )











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