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沈熱ルビィ



―ハルヒ←キョン←古泉←
【古泉視点・片思い・白雪姫パロ・切ない】






「愛して欲しいです」
なんて言葉は言いません

「夢ならどうか覚めて」
なんて甘ったれた意識も持ちません


だからどうか、


「愛しています」

…そう言う事だけは赦して下さい














沈熱ルビィ













 ふしぎ・ふしぎなメルヘンの国

 浮かぶ空はどす黒く黒くて、

 這う生物等はただ、それを見ていた。

 荒れ狂う世界は眠り姫の意思のまま.........





空は黒かった。
ああ今日は雨ですか、なんて言いたいけれども、これは明らかに異常気象でそしてこの世界の危機。 


「世界がもうすぐ崩壊してしまいます」

「こんな時もお前はその胡散臭い笑顔を貼り付けた面のままなのか、少しは事の重大さを把握しろ!」


僕が今見たままの、これから先、そう遅くはない未来をそう言うと、目の前の彼は相変わらずのどこか険のある顔で僕にそう言い返した。
驚いているのか呆れているのか取り乱しているのか…僕には彼の心中なんて理解する由もないけれど、それでもきっと、彼の関心は彼女のことなのだろうとは思う。


「そんなに焦らなくても大丈夫ですよ」

「…一体何が大丈夫なんだ?俺たちがこうして無駄話をしている今この間にも世界は崩壊しているんだぞ?」


“まあ無駄話をしていなくとも崩壊はするがな、”

彼はそう言って息を吐いた。恐らくは彼女が原因だろう。
…彼の横顔を見ながら僕はそんな事ばかりを考えていた。

それもその筈、正直な所、僕はこんな世界の行き先なんてあまり関心が無い。
ほんの数ヶ月前までは確かに目の前の“神”の事だけを考えていた筈なのに…と思うが彼に会って変わったみたいだ、と思い直す。

…まあ、世界の崩壊は全ての終わり、即ち彼の死にも繋がる(もしくはかもしれない)のだから、結局は今まで通り命令に従い・行動している僕なのだが、これは変わったと言うのか言わないのか。


「で、どうすれば崩壊を救える」

「……へ?」

「へ、じゃなくて、どうすれば良いかお前は分かってるんだろう?」

「…あなたがただ一言、言えば良いだけだと思いますが…」


考え事をしていた僕は何と無く言葉を濁してしまった。とんだ失敗だと表情は崩さずにそう考える。


“あなたが救いたいのは世界の崩壊では無く彼女でしょう?”


思わずそう口から飛び出そうだった言葉を飲み込んで心の中でそれを反芻する。
勝気で自由奔放な恐らく何時までも彼を振り回し、そしてそれを楽しんでいる、そんな“カミサマ”の彼女が脳裏に浮かび、少し気持ちが沈む。


「…何て言えば救えるんだ?」


そんな僕の心情など露ほども知らない彼は僕に聞いた。


 僕はその答えを知っている
 僕はその答えを持っている


…でも、どうしてだろう?
僕はその答えを教えたく、ない...



「…あなたが涼宮さんに“部活動が無くなるだけでSOS団は継続可能だ”と言えば良いだけですよ。」


それでも僕は彼の為に答える。
僕はイエスマン。聞かれた事には“はい”の返事を。次に僕の知っている限りを答えなくてはならない。

答えた僕は笑顔を湛えたまま。





ねえ、世界なんてどうでも良い。
いや、彼がいるからどうでもは良くないのか。
 
このまま、こんな下らない、カミサマ中心の世界なんて壊れてしまえば良い。
でも、君が望むならこんな下らない世界も僕は守らなくてはならないのだ。





あまりにも簡潔過ぎる答えに何を言っていいか分からなそうな彼が漸く、一瞬だけだが、僕をまともに視界に映してくれた。


「…それだけか?」

「ええ。それだけです」


彼はいまいち納得出来無い、と顔に出したままで空を見ている。しかし、納得はいかないけれどそれでも他に食い止める手立ても見当付かないのだろう、やがて苦い顔をしてまた僕に問う。


「もしあいつの望んだ答えじゃ無かった場合はどうする、俺達はどうなるんだ?」

「さあ。どうなるのでしょう?全ては神の仰せのままに、ですね。」

答えは知っていたけれど敢えてそう言ってみた。
僕がそう言うと途端に彼の表情が曇る。


(嗚呼、そんな顔をしないで、)
彼の歪む顔を眺めながら、自分が生んだことなのに心の中で彼に言う。

それでも
“これくらいは日常茶飯事でしょう?”

顔を歪めた彼の顔を盗み見てそう思う。たまには彼女以外の人間の発言にも心を揺らして下さいよ。


…例えば僕とか、僕とか、僕に。








「……それは俺が言うより古泉、お前が言った方が良いんじゃないか?」


暫しの沈黙を破ったのは歪んだ顔に中途半端に笑いを被せて言った、彼のそんな言葉。

 
 

 ねえ、どうして
 
 そんな顔で僕を見ないで

 


 …あなたは何も分かっていない

 …あなたは何も、何一つ分かってはいないのです



「僕ではなく“あなた”が言わないと崩壊からは逃れられません。これは不確定事項では無く確定事項なのです」

「意味が分からん」


間髪入れずの彼の返答。
理由なんて分かりきっている。でもそれを言ったらきっと僕は今よりも彼に嫌われてしまう。それは嫌。
…誰だって好きな人に嫌われるのは嫌でしょう?


「どうして僕だと?」

今までと代わって質問するのは僕。
意地が悪いと分かっている。それが卑怯だと分かっている。

…だってそれは彼が答えられないでしょう?

“そんな大切な事、ハルヒは好きな奴に言われたい筈だ”

なんて、彼は答えられないでしょう?


 



「…雑用係の俺の意見より副団長のお前の意見の方があいつも納得すると思うんだが、」


副団長・雑用係…
そんな“形式上”なんて関係無い。
それが分からない彼だとは思っていない。けれど其処は追求しないでおこう。

ただひとつ思うのは、
“もっと上手な嘘は無かったのですか?”


…優しい彼は結局優しくて、だから結局そう言って僕を困らせる事もしなければ罵倒する事も無い。僕の事なんて何も分かっていないけれど、そんなところは優しくて。…僕にとって、中途半端の、優しさ。

僕の事を何一つ分かろうとしない癖に、それを分かっている故か元々の彼の性格からか、半端な気遣いで直接を避ける彼が、少し憎ましい。


僕を恋敵だと思って少し避ける彼が恋しい。
僕を見て憂鬱に陥る彼が悲しくて、虚しい。


しっていますか、ぼくがあなたのことをすきだということ

しらないでしょう、ぼくがあなたのことをみていること


 




僕がにこりと彼を見つめると彼は微妙な顔をした。どうやら自分の話は聞き入れてくれなかったのだと認識した彼はそれからゆっくり深呼吸した後、静かにガラスの中、横たわる彼女の元へと歩み寄る。

行かないで、なんて思考がふっ、と僕の脳裏に浮かぶけれどそんなことは絶対に口には出さない。自分で仕向けておきながら可笑しな話ではある。自覚はある。







「お前は勘違いしているようだから言っておく、」


彼は彼女のそばにそっと寄った。その距離は話をする為には必然の距離。彼女の方に寄ったのだから僕から離れたこの距離も当然必然。


「別に部活動で無くなるだけでSOS団は解散になる訳じゃないからな。市内散策だってまだやり終わってないぞ、」

 
彼女は動かない。それでも彼は続ける。


「…もうこの際毎回俺の奢りだとかで煩く言わないと約束してやっても良い。…だから戻って来い、」


透明な棺の中の彼女にそう呟く。

…ねえ、気付いていますか?
僕は、涼宮さんがとても羨ましいです。
僕が欲しい言葉を彼から貰うのは何時も彼女の方だから、とても。


僕が涼宮さんが羨ましいのと同じように涼宮さんも彼が羨ましいのかもしれない。
僕が彼を好きなのと同じように涼宮さんも僕が好きなのかもしれない。

そして彼は、涼宮さんが好き。


終わりの見えない永遠ループのようなこの成り立ちに飲み込まれそうだ。





彼は呟いた後もじっと彼女を見ていた。僕の瞳には彼がそしてその端に彼女が映っていて、彼の瞳には彼女だけが映っていた。
交わらない視線に胸が少しだけ痛む。僕ならばあなたにそんな悲しい思いをさせないのに、と思う。


僕ならばあなたを幸せに出来ます。
僕ならばあなたに愛を与えられます。
 

あなたの悲しそうな、でもそれを隠そうとする無関心を装う顔を、楽しそうにしている酷い彼女なんかよりも、僕を選んではくれませんか?





 ねえ、お願い。
 
 そんなに悲しい恋をどうか、しないで。

 一方通行のような恋をやめて。


 
何処か遠く離れた意識の中で思う。

それでもやはり、

“諦められないんだ”

泣き笑いでそう言ったあなたは悲しい恋を続けていくのだろうと思う。



その時。

最後の崩壊が始まった。



「…ッ、一体どうすりゃ良い…」


彼は歯痒そうに拳を握り締めて悲痛な声音でそう言った。それでも彼女には伝わらない。

悲しい辛い苦しい。

思っている筈の心を閉じ込めてでもあなたは彼女を諦めようとしない。…そんなのは悲しい。だからこそ僕はあなたに何も言えない。
優しくて不器用なあなたを、これ以上苦しませたくないから、重荷になりたくないから。…出来る事なら、あなたのその苦しみが軽くなるように。

 
あなたがそれで少しでも楽になれるというのなら、僕は喜んで話を聞きます。あなたのその苦しみを僕に分けて下さい。
…喩えそれが僕の想いを知らない罪だとしても、僕は哀しさを笑顔の下に隠してでも分かち合いたい。






 ぴしり、ぴしぴし……ッ


その間にも崩壊は進む。
森は崩れるように消滅し、小人の家も飲み込まれるように消えた。
唯一無影響なのはこの空間…眠り姫が眠る場所とその周りだけだった。しかしその空間もじわりじわりと侵食されつつあった。










『王子様は現れない。』










崩れゆき消滅する森の方から無機質な声の主、魔女の抑揚の無い声が木霊した。






















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