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短編集
☆『君の表情』黄瀬誕



朝からずっと私を呼んでいる奴がいる。休み時間になればすぐさま私のところに駆け込んでくる。さすがに教室でそんなことされたら困るので、教室に来る前に本を持って屋上へと避難した。



今日の空は曇っており、暑くも寒くもない天気だ。意外とこういう天気は好きだ。緩やかな風に吹かれ、私は腰を下ろしフェンスに凭れながら栞を挟んでいるページを開く。少し厚めの本をつらつらと読み始める。やはり、静かな場所は集中出来る。と思った矢先、バタバタと屋上へ上がってくる足音が聞こえる。もう屋上に居ることがばれたようだ。本当に彼は私と一緒に居たがる。好いてくれるのは嬉しいが、余りにしつこいと正直うざい。それでも彼を嫌いになれないのは彼の想いが強いからなのだろう。


勢いよく扉を開けたのは彼と思わしき人物。その人は私のことを視界に捉えると私の傍まで駆け寄ってきた。恐らく満面の笑みで。私はわざと顔を上げずに本を読み続ける。



「ねえねえ先輩」



彼は私の傍らに座って顔を覗き込むようにして呼んでくる。私はちょっとした悪戯心で、返事を返すものの顔は上げない。目は文字を追っている。尤も内容は頭に入ってこないが。



「ねーえー先輩ー」


『だから何?』


「こっちを向いてほしいっス」


『どうして?』



どうして、なんて聞かなくても分かる。だって彼はいつも求めているから。



「オレを見てほしいんス」



案の定、わかっていた答えが返ってきた。だから私は見てあげることにする。本を閉じて彼を視界の中に入れる。これだけ呼んだんだ。その理由が呼んでみただけとかだったら軽く殴る。



『で、何?』


「今日は何の日か知ってるっスか!?」



知っている。知っているけど、敢えて曖昧にする。すると彼は期待の籠もった表情から一気に落胆へと変わる。私は彼のそういう浮き沈みが激しいところが好きだ。ころころと変わる表情を見ているのは楽しい。それに彼をそうさせているのが自分だと思うと何だか彼を独占している気分になり、とても気持ちいい。彼と居ることで私の中の独占欲が増したらしい。


落ち込んでいる彼の名を呼ぶ。彼はゆっくりと顔を上げ、私はあることをした。



「――え?」



一瞬、ほんの一瞬だけの触れるだけのキス。彼は呆然とし、やがて何をされたか理解したのか、手の甲で口元を抑え顔を真っ赤にして慌てだした。


『誕生日おめでとう』



笑顔で言えば彼は膝を抱えて顔をうずめた。黄色の髪から覗く耳は赤く染まっている。



「もーオレ、嬉しすぎて死にそうっス……」


『本当大袈裟ね』



でもそんな彼を見ているのが私の楽しみであるのは彼には秘密だ。





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あきゅろす。
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