episode0ーS 「勇人、そのまま手のばせ」 「うん!!」 「そしたら、そこのこぶに足かけんだ」 「こぶ?こぶってなに?」 「こぶは、それだよ、それ。その………でっぱってるトコ!!」 小さな手で必死に木の枝を掴み、勇人はさらに上を登ろうと木のこぶに右足をひっかけようとしますが、なかなか思い通りに行きません。その少し上の太い枝にまたがって狩人の子は、勇人を見守ってます。 「もうちょい足上げろ。そう、そこ!よしっ!!」 ごつごつした木にしがみつくのも、すべって手が擦れるのも初めてでしたが、勇人は何も言わずに上から応援してくれる狩人の子を見ていました。 「届いた!!」 「よしっ!そのまま登ってここまで来い!!」 木のこぶに乗せた右足に力を込めて、勇人は体を引き上げます。膝が幹にぶつかってシルクの服が汚れても、気にしていませんでした。 懸命に手を伸ばして、狩人の子がいる枝を目指します。 「もう、ちょ、っと」 「勇人、がんばれ!」 あと数センチの距離が届かずに、勇人の手はむなしく中をかいてます。 「つかまれ!!」 勇人の目の前に出されたのは、狩人の子の手でした。躊躇うことなく勇人はぎゅっとその手を握ると、身体が上へ引っ張られました。いくら慣れているといっても、狩人の子も子供です。勇人が同じ枝にまたがった時には、二人とも息が上がっていました。真っ赤になったお互いの顔を見合わせると、どちらからともなく声をたてて笑っていました。 「すごい!登れたよ!!」 「やったな、勇人!!」 「阿部がいてくれたからだよ、ありがとう」 「俺じゃない。勇人が頑張ったんだ」 「こんな高いとこ、初めてだよ」 勇人はまたがった枝の上で両足をバタバタさせました。地面が見えるのに足の下に何もないのは、不思議な感覚でした。身体を揺らすと不安定で下を見ると怖いけれど、目の前の狩人の子の顔を見るとほっとしました。 生い茂る葉の間から、お城の勇人の部屋の窓が見えました。いつも窓から見ていた景色の中にいるのです。 「もっと上に行くか?」 「行けるの?」 「行ったらあっちの庭まで見えるよ」 「本当?」 「絶対見える」 「そっかぁ……」 見上げると、上の方の枝はまだ細く少し頼りないかんじがしました。 「怖いなら、無理しなくてもいいけど」 「じゃあさ………また一緒に登ってくれる?」 恐る恐る勇人は聞きました。 「いいよ、また一緒に登ろう!」 「約束だよ」 「おぅ!」 大きく頷くと、狩人の子は小指を一本だけ伸ばして握った右の手を突き出しました。 「これ、だろ」 「これって?」 勇人は首を傾げました。 「約束するなら、指切りだろ」 「ゆび、きり?」 「もしかして指切りやったことないの?」 「うん、やったことない」 「あのな、指切りってのはな、約束したら絶対守るぞっていう誓いなんだよ」 「誓い……阿部と僕の?」 「そうだよ」 「分かった。しよう!指切り」 勇人は同じように握った右の拳から小指だけを出しました。狩人の子が、右の小指を絡ませました。 「次は?」 「言うんだよ」 「言う?」 「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます」 唄の調子に合わせて、繋いだ指は上下に動かされました。 「指切った!」 離された小指を見つめて勇人は口をぱくぱくさせました。 「は、針千本ってなに?」 「約束破ったら飲むんだよ」 「針飲むの?そんなの聞いてないよ。イヤだよぉ」 「俺だって飲みたくないよ。だから絶対約束破っちゃいけないんだ。約束守ればのまなくていいんだから」 「そっかぁ……良かった。じゃあ、絶対!絶対一緒に登ろうね」 「おう!」 「あのさ、阿部はどこから来たの?」 「俺の家はあっちの山の中だよ」 「またここで会える?」 「そうだな、子守は嫌だけど勇人に会いに来るのはいいな」 「子守?」 「なんか父さんが頼まれたとか言って、王様のトコに行ったら王子の遊び相手になってほしいとか言われてさー……もしかして、勇人も子守頼まれてお城にいたのか?俺たち年近そうだもんな」 「阿部は王子と遊ぶのイヤなの?」 「あんな若い王様の子ならまだちっちゃいに決まってるだろ。ガキの相手は弟だけで十分だよ」 狩人の子は顔をしかめて言いました。 「ちっちゃい子じゃなかったら、いいの?」 「そうだなー、王子じゃなくて勇人ならいいんだけどなー」 「本当に?」 「当たり前じゃん!なあ、なんで勇人はここに……」 人が大勢来る気配がして、狩人の子は口をつぐみました。勇人と狩人の子は顔を見合わせました。 誰かを呼んでいる声がしました。 「なにかな?」 「王子だ、王子のこと探してるんだ」 「ええっ!?じゃ、怒られるのかな」 「別に平気だろ。高い所から探してましたっていえば言えば」 「………」 「あ、父さんがいる!」 「阿部のお父さん?」 「うん、兵士達の真ん中。鎧を着てない人」 狩人の子が指さす方を勇人も覗きました。 「阿部って、そっかあの人の子供なんだ」 近づいてくる一団をみて、勇人は小さく呟きました。「父さん、父さん!!」 一団が下を通りかかると、木の上から狩人の子は手を振りました。 「ここだよ、木の上!!」 「隆也!なにやってんだ、お前は!!」 息子に気付いた狩人は、見上げると大きな声を出しました。 「王子はこの辺にはいないよ。俺も探したんだって」 「お前が木登りなんてさせたのか!」 「え?ああ、勇人が登りたいって……」 「よーし、分かった!お前はそのまま降りてくるなぁ!!」 裏庭には拳をふるわせた狩人の怒号が、響いたのでした。 「申し訳ありませんでした」 身体を曲げて頭を深く下げる父親の横で、つられる様に狩人の子も頭を垂れました。 「もういいから頭を上げてくれないか。この通り王子は無事だ」 大広間の一番高い所に座っている王様が笑顔で首を振りました。 「いえ、全ては私の躾が行き届いていないせいです。王子様を危険にさらしてしまいました」 「いや、一人で木登りしていたら、もっと大変なことになっていた」 「王子様をそそのかしたのは、こいつです。これ以上、王子様と一緒にいても百害あって一利なし。今回のお話はなかったことにして下さい」 「意外と良いコンビになりそうだけどなぁ……お前はどうしたい、勇人?」 王様の隣の小さな椅子にちょこんと腰かけている勇人を、狩人の子は頭を下げたまま目線だけ上げて見ました。 (王子なんて……王子だなんて……早く言えって) 何も知らなかったのは自分だけで、とんだ間抜けに見えただろう。 (ちゃんと王子だって言ってくれたら……) 言ってくれたら。 きっと勇人と呼ぶことはなかっただろう。木登りをすることもなかった、絶対。 「僕は阿部と……」 勇人の鈴を鳴らしたような声だけが大広間に聞こえました。 「指切りしたんだ」 「ゆびきり?」 「絶対また一緒に木登りするって。指切りは約束やぶらないっていう誓いなんだよ」 「そうか」 王様は勇人を見て優しく頷きました。 「それにね、阿部は僕とまた遊びたいって言ってくれたんだ………だから………」 いつのまにか狩人の子は、頭を上げていました。勇人を見ていました。必死に王様に訴える勇人が一瞬こちらを見て、目があった気がしました。 「木登りしたらもう一回約束するんだ。今度はずっと友達でいようって」 「良かったな、勇人。友達を見つけられて」 王様は勇人の頭を撫でました。 嬉しそうに笑う勇人を見ていると、狩人の子は自分の頭にも大きな手が乗せられたのに、気付いたのでした。 続。 [*前へ] [戻る] |