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Sensual Love
支配
「………あのさ、相談あるんだけどいい?」

遠慮がちに尋ねてくるのは、幼馴染のミチルだった。向かいの家に住むミチルは、おすそわけの果物を持ってきたついでに、俺の部屋に立ち寄ったらしい。

勝手知ったる様子で、俺の部屋のドアを開けるが、おずおずとした遠慮がちな態度で、ベッドの脇に座り込んだ。

俺は、パソコンに向かったまま、面倒臭そうな声を出した。

「何ィ?どーぞ?」

どうせ、つまらないことを言い出すだけだろうと思っていたら、次の瞬間、奴の口から発せられた言葉は、俺を驚かせるに足りるものだった。

「僕、C組の後藤さんに告られた」

思わず振り返りかけて、踏みとどまる。背中を向けておいて良かった。驚いた顔を見られたくはない。

返事に窮し、しばらく、黙り込んでいた。指だけがかってにキーボードを叩いていた。すると、ぼそぼそとした声が聞こえてくる。

「………ユウジ?聞いてる?邪魔かな?」

ミチルは、俺が、モニターに集中していると思ったらしい。

お前が、邪魔だったことなど、たった一度だってない。ほんのわずかな瞬間であっても、俺は、お前を邪魔に感じたことなどない。

パソコンのモニターの黒い部分に映るミチルは、俺の背中を眺めている。部屋を去るつもりらしく、立ち上がろうとして片膝を立てた。

くそ、面倒臭い奴。

どうして、こいつだけは、俺の心乱すんだろう。俺の思うがままにならない。大抵の奴は、俺が意図せずして、俺の思うように動いてくれるというのに。

皮肉なことに、世界でたった一人、お前だけが俺の思うがままにしたいと欲する存在だ。

だから、俺はお前を少しずつ誘導するしかなかった。長い時間をかけて。幼いころから、今まで、ずっと長い時間をかけて。

本当に面倒臭い奴だ。

「何?お前が告られたって?あー、まさか、冗談?」

表情を取り繕いながら、面倒臭そうに肩をぽきぽき鳴らして、振り返った。俺と目がぶつかると、奴は、途端に俯いた。自分に自信のないミチルは、誰とも目を合わすことができない。

「僕も冗談かと思ったけど、そうじゃないみたいで……。付き合ってほしいって言われたんだけど、どう思う?」

信じられない話だ。信じたくもない。まだ、こいつに近寄ろうとする人間がいるのか。こんな自信なさそうな駄目男になり下がった、こいつに。

友だちもなく、モテもしない、こいつに。

「さー?お前の好きにすればいんじゃね?何で、俺にそんなの、相談するわけ?」

「……僕には、ユウジしか、話せる相手いないから」

だよな?お前には、俺しか、いないもんな?

ブサイクで性格もひん曲がっているミチルくんには、幼馴染で面倒見のいい優等生のユウジくんしか、喋れる相手はいないんだもんな。

「僕、ユウジがいなければ、何もできないし」

そうだ。その通り。頭の悪いお前は、俺がいないと何もできない。いつの間にか、そういう奴になっちまったんだよな。

俺に誘導されるがままに。

「お前は、どうしたいの?」

どうせ、わからない、と、答えるほかないだろう。

高をくくって、俯いた顔を眺める。震えている頬を、そっと撫でて守ってやりたい衝動に駆られながら。

幼いころは、活発で、明るかったミチル。誰にも好かれて、誰とでも仲良くなった、ミチル。俺は、幼馴染のミチルが好きで、ミチルが自慢だった。

いつの日だっただろう。

ただの幼馴染でいるだけでは我慢ならない自分に気付いたのは。

ミチルを自分だけのものにしようと思ったのは。

誰にも触らせたくない、その声を聞かせたくない、その姿を見せたくない。

俺だけのものにしてしまいたい。

俺は、いつしか、ミチルを誘導し始めていた。学校でも放課後でも、いつでもそばにいて、ことあるごとに、陰で奴の足を引っ張り、奴を失敗させ、自信を失わせる。そうしておいて、俺が失敗から救ってやり、慰めてやる。

長い時間を懸けて、俺の助けがなければ、何もできない駄目な奴に仕立て上げた。自信喪失した情けない奴に。

ミチルは、俺に誘導されるがまま、格好の悪い惨めな男になり下がり、友だちもいなければ、女の子も近寄らない男になった。

一方、俺は、ずっと、優等生の地位を保っている。高校は、わざわざミチルのために進路を下げてやった。惨めなミチルを見捨てない面倒見のいい幼馴染を演じ続けている。

ミチルの両親だって、当然、俺に感謝している。

俺がいなければ、独りぼっちのミチル。周囲に溶け込めない浮いた存在のミチル。

ミチル。

ミチルには、俺がいればそれでいいだろう?他には、何も要らないだろう?

「付き合う自信がないなら、やめとけよ」

ミチルから多くのものを奪い尽くし、俺だけを与えてやる。

そのことに俺は、満足していた。

黙り込んだままのミチルにそう声をかけた。

ミチルが、顔を上げた。俺の顔を正面から見返してきた。久しぶりに、まっすぐ見つめてくるミチルの目を見た気がしていた。

少しばかり、いや、かなり、慄いていた。

手の中に掴んでいるマウスが、ふと、勝手に動きだしたような錯覚に捕らわれる。

「せっかく、告白されたから、付き合ってみようと思うんだ」

…………え?

何を言ってるんだ、こいつは。ミチルのくせに。お前は何も判断するな。何でも俺に任せておけばいいんだ。

理不尽な憤りが湧き起こる。第一、よその女に勝手に告白されるなんてことをしてきたことに腹が立つ。お前は、誰にも相手にされなくていいのに。俺以外は。

作り上げた作品に、罅が入るように、嫌な予感が胸を覆い始める。

「ねえ、ユウジはどう思う……?」

どう思うも何も、クソ、としか思わない。

「……やめとけ」

妙に裏返ってしまった声をごまかして、咳き込んだ。

「……大丈夫?」

ミチルは、立ち上がり、俺のそばまでやってきた。

俺は、その顔を眺めながら、頭の中で、ち密な計算を始める。どう進めたら、こいつが、女と付き合うなんて馬鹿な考えを捨てるか、考えを巡らせる。こいつにそんな自由など与えない。夢など見させない。

俺の表情に何かを感じたのか、不安そうに顔を曇らせるミチル。

どうしたことだ?まっすぐに見つめてきやがる。

俺は内心で、そのことを不愉快に思ったが、作り笑いを浮かべてみせた。

不安そうなミチル。俺を頼りきっているミチル。だが、こいつは、苛立つことに、俺に頼り切ってはいけないなどと、常に思っている。

馬鹿な奴だ。そのままでいい、自分の足で立とうとなど思わないでいいのに。

俺は、いつもの笑みを浮かべる。俺に飼いならされたこいつが安心する、いつもの笑みを。

「後藤って、美人で目立つけど、良い噂ないぜ。性格悪いって、うちのクラスの女子が言ってた」

「……そ、そうなの?そうは見えなかったけど?」

おどおどと見つめ返す目。

けど?

反論か?俺に対して、違う意見を述べようと思っているのか。

遠慮がちであっても、俺に反論するのは許さない。叩きのめさねばならない。

「お前、見る目ないからな。大体、後藤みたいに、男に不自由しそうにない女が、お前に声を掛けてくるって、何か企んでるとしか思えないだろ?」

「あ…………」

途端に、目を逸らし、俯くミチル。女の子に告白されて、少しは自信を持ったようだが、そんなの、俺が、打ち砕くに決まってる。

苦々しいものが胸にこみ上げる。

知らないところで、こいつが、何をしているのか、だんだん把握できなくなっている。いつまで、こいつを手のうちで操れるのか。

一瞬でもこいつから目を離したら、途端にこいつは生き生きと動き出し、俺から離れて自由に羽ばたいて行くのではないか、という不安が常にある。

ただの不安ではない。実際、俺がいなければ、こいつはもっと優れていて明るい奴なのだから。こいつの今の現状は、俺が作り上げた虚構にすぎないのだから。

自信を失った顔のミチルに追い打ちをかける。

「お前、からかわれてるんだよ。きっと、罰ゲームか何かだ。じゃないと、お前みたいにキモくて、頭の悪い奴が本気で告られるはずないだろ?今まで、一度もモテた事のないのにさ」

ますます、俯き込み、表情が曇っていくミチル。頼りなさそうな背中が震え始める。虚構は、まだ、崩れない。崩れさせるわけにはいかない。

「………そうだね。多分、そういうことだよね」

そうだ。そういうことだと思っとけ。その女が本気か遊びかわからないが、そんな女と金輪際関わりを持つな。

いつもの惨めな奴にすっかりと戻ってしまったミチル。ちらりと俺に視線を寄越し、また、俯く。

「………じゃあ、どうすればいい?」

「無視しとけ。声を掛けられても、ほっとけ。絶対に話しをするな」

「………うん、そうだね。そうする」

「じゃないと、お前が傷つくぜ?」

叩きのめしておいて、今度は、優しい声音で、語りかける。

「………うん。ありがとう、ユウジ」

震えているミチルの瞼。

ミチルは、うっすらと涙を浮かべている。

可哀相だが、これは、告られた罰だ。俺以外の人間に好意を向けられて、その好意に乗ろうと考えた、罰だ。

だから、惨めに泣けばいい。

「だって、お前には俺しかいないんだろ?」

お前に優しいのは俺だけでいい。

「僕、ユウジがいないと、何もできないよ………」

「そうだな。お前、俺がいないと駄目だもんな」

「ユウジだけは、僕を見捨てないで………。僕、ユウジがいないと、生きていけないよ」

ならば、俺から離れるな。俺以外と喋るな。俺以外を見るな。

―――閉じ込めてしまえれば。

束の間、狂気に取りつかれる。

鎖につないで、誰の目にも触れないところに閉じ込めてしまえればいいのに。

いなくなって生きていかれないのは、俺の方だ。

支配しているようでいて、その実、支配されていることに、そのときの俺は、やっと気づき始めていた。

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あきゅろす。
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