Sensual Love
無限ループ
俺の顔を見るなり、笑いだす奴がいる。俺の何が気に入らないのか、廊下でもすれ違いざまに、「くっくっく、おもしれー顔」と、腹を抑えて笑いながら通り過ぎる。
そいつは、明るくて面白くて、クラスの人気者で、女子ともふわふわ会話ができる、チャラい奴。俺みたいに、真面目で、目立たなくて、校則を守っているような男など無視すればいいのに、どういうわけか、絡んでくる。
帰り道では、高校の近所の空き家に隠しておいたバイクに跨り、これ見よがしに通り過ぎる。通り過ぎざまに、「くっくっく、歩きー?」と、わざわざ、バイクを止めてまで振り返って、意地悪そうな笑みを見せる。
いつも俺は相手にしなかった。絡み過ぎることもなく、すぐに通り過ぎるからだ。だが、目が合うたびに、吹き出されるのも、そろそろ不快になってきたある日、俺の顔を見るなり笑い出したそいつに、初めて文句を言ってやった。
「くっくっく、何その眼鏡。似合わねー」
放課後、廊下ですれ違いざまに、そんなことを言いながら指差してくるそいつ。買い換えたばかりの眼鏡に、早速気づいている。そんなに俺の顔が可笑しいかね?
「あのさ、お前、俺を見るたび、笑うなんてさ」
初めて俺が言い返すのに驚いたらしいそいつは、足を止めた。くるりと振り返る。
「え、何?何?何ー?」
と、踵を返してやってくる。
やっと玩具が反応してくれて喜ぶような顔を向けるそいつ。やっぱ、無視すればよかった。急に面倒になる。だが、何を言い出すのか、とワクワクしているそいつの顔を見ると、その鼻をへし曲げたくなるのも当然のことだろう。
「そんなに俺が好きなのか?もう、まいったね」
「あー?」
そいつは、ポカンと口を開けたまま、じっと俺の顔を見つめてきた。唖然とした顔つき。
「だって、俺が好きだから、俺を見るなり笑ってるんだろう?好きなら好きとはっきり言えや、この野郎」
ウザいなら、ウザがって、あっち行けよ。毎度、俺を見るなり、笑うな。ちょっぴり傷ついて、面倒だから。
キモいに違いない俺の言葉に、凍りついたように固まったそいつの顔を見て、これで、もう二度とちょっかい出してこないだろうと、安心した俺は、背中を向けようとして、ぎょっとした。
何故だかわからないが、そいつの顔が、徐々に赤く染まっていく。
「……………い?」
つうか、何で?
俺も、凍りついたように固まってしまった。凍りつくのも、伝染するんだな。
気色の悪いことに、赤らむのも伝染するらしい。俺まで徐々に赤くなってきているらしいことに気づいてしまう。だって、頬が熱いんだもん。
「うー………」
そいつは、唸り始めた。そいつも訳がわからないらしい。
何なんだ、これ。何この展開。想定外。
俺にも訳がわからない。
こいつの反応も、自分の反応も、理解不能。
多分、こいつも訳がわかっていない。
だから、二人一度に声を上げてた。
「ええーーー?」
素っ頓狂な声を同時に上げて、声が途切れても、口を開いたまま、見つめあう俺たち。
そして、どちらからともなく、片手を振る。
「いや、ナイ」
「ナイよね?」
「ナイナイ」
「ナイよね」
「ウン、ナイ」
意見が一致した俺たち。何か、意見ぴったりじゃん。
何も問題ないよな。
何で、互いに赤くなってるかわからんが。
「……じゃ、な」
「うん、じゃあな」
とか言うが、どっちも、振り向かないで、互いを向いたまま。
「じゃあな」
「うんじゃあな」
さすがに、これ以上、こいつと付き合っていると、変な穴掘ってそれが俺の墓になっちまいそうで、背中を向けようとした瞬間。
どういうわけか、切なそうに歪んだそいつの顔が視界に入った。で、どういうわけか、それが気になってしまった俺。で、どういうわけか、もう一度、振り返ってしまった俺。
何だ、何だ?
何で、お前、涙ぐんでんの?
何か泣きたいの、こっちだろ?
いや、何で、俺、泣きたくなるんだよ。
もしかして、俺も涙ぐんでる?
ああ、もう面倒だ。帰りたい。ここ、俺の墓場になりそうな気がしてきた。なのに、もう、足が動かない。
これって、どゆこと。
もしかして、俺、こいつが。
もしかして、こいつ、俺が。
互いに見つめあって、多分、同じことを考えている俺たち。
俺達って、結構、考えていることも一致するみたいじゃん。
「ええーーーー?」
再び、素頓狂な声を同時に上げる俺たち。
「いや、ナイ」
「いやナイよね?」
同じことを繰り返す俺たち。
「じゃあな」
「じゃあな」
と立ち去ろうとして、また、切なげに歪んだ顔が目に入り、こっちも切なくなる。
やがて、見つめあってしまう俺たち。
再び、「ええーーー?」から「じゃあな」まで、数度繰り返す。
いつまで続くか、この繰り返し。
何か変化が起きないと、この無限ループは断ちきれそうにない。
少しばかり、そいつの方が、俺よりも行動派だった。
そいつは、何回目かの「ええーーー?」の後、いきなり、お辞儀して、手を伸ばしてきた。
「す、好きかもしれないです。いや、俺、お前が、好きです。お、お、お友達から、お願いします」
たった今、自分の気持ちに気がついたらしいそいつは、俯いた耳がゆでダコみたいに真っ赤だ。
好きなことに気づかず、ちょっかい出してたなんて、お前、小学生か。
ちょっかい出されて、いちいち傷ついていたのは、こいつを好きだからって気づかない俺もまた、小学生だね。
俺は周囲に誰もいないのを確認した。
そいつが伸ばしてきた手を引っ張ると、腰を抱いて、顎を持ち上げた。
「いや、恋人からでお願いします」
何か文句を言われる前に、唇を塞ぐ。目を見開いていたそいつは、やがて、背中に手を回してきた。
多分、今も、俺たち同じこと考えてる……。
同じこと考えてるって考えてる……。
同じこと考えてるって考えてるって考えてる……。
キスと思考の無限ループは、長く、そして、深くなっていった。
20100531
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