存在と無存在のハザマ
白玉団子
柔らかな雨が、新芽に降り注いでいる。春の雨は、命を目覚めさせる力に満ちている。
まんまるの白い玉。手にしたガラス容器には、大きめで、つぶらな白玉団子が、砂糖を溶かしただけのシロップに、ひっそりと沈んでいる。
雨音が好きな秀麿が、窓を少しだけ開け放しにしている。どこからか沈丁花の香りが漂ってきて、室内は、春の息吹に満ちていた。
秀麿は、モニター画面を見たまま、動こうとしない。僕が、デザートを部屋まで運んできても、無視したまま。
秀麿も甘いものが好きだが、洋菓子よりも、シンプルなものを好む。白玉団子をシロップにつけたものとか、杏仁豆腐とか、卵と砂糖と牛乳だけのプリンとか。キヨさんが、幼いころから食べさせてきたのだろう。
特に、白玉団子は好きなようだ。秀麿は、全然、味の好みなど口にはしないが、何となく、わかる。好きなものを食べているときは、いつもより早いからだ。まだ、ガキっぽいところがある。
さっきから、秀麿は、今日の対抗試合の録画ビデオから、ひと時も離れない。試合には勝ったらしいが、まだ、不満があるらしい。
僕は、自分の分を食べ終えたので暇になってしまった。もう、遅いから、寝ようかな。立ち上がりかけて、ある考えが浮かぶ。
秀麿の分のお皿を手に持って、彼のそばまで行った。
「ヒデの好きな白玉だよ?食べないの?」
「あー、食う……」
上の空で答える秀麿に、僕は、内心で、しめしめと思う。
僕は、お皿の中の白玉団子を、手で摘まんで、自分の手のひらの上に乗せた。
「はい、どうぞ。おいしいよ?」
僕の手のひらに乗せたまま、秀麿の口元に差し出す。
シュークリームの仕返しだ。
いつもいつも、いじめられるだけの僕じゃないんだ。
すると、秀麿は、見もしないで、返事を寄こした。
「あー、あとで食う。おいといて」
仕返しは、呆気なく終わってしまった。成功することもなく、やり込められることもなく。
多分、仕返しにも気づいていない。
……どうすればいいんだ、これ。
手の中のまんまるい白い玉。
まさか、お皿に戻すわけにはいかないから、仕方なく、自分の口に放り込んだ。
その途端、秀麿が僕の頭を抑え込んできた。
え……?
「それ、俺のだろ?」
僕の唇に唇を重ねてくる。
なッ!?
秀麿の舌が遠慮なく入ってきて、こともあろうか、口に放り込んだばかりの、白玉団子は、彼に奪われてしまった。
「俺のを食いそうになった罰な」
ずらした唇の隙間から、そう囁くと、そのまま、キスをしてくる。
まんまるい清らかな白玉と、秀麿の熱い舌に、口の中を凌辱される。
そのキスは、シロップの甘さのためだけじゃなく、甘かった。
新芽に柔らかな春雨の音色を聞きながら、キスは、どこまでも深くなる。
20100313
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!