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支配
俺は、次第に、敏に入れ込むようになっていた。

いつも、部屋に呼んで、いろいろなことを教えてやり、口付けを与えてやり、体を愛撫する。

敏も、従順だった。

俺は、敏をかわいがるのに、時間を費やした。






朝のダイニングテーブル。

俺は、コーヒーカップを取り上げる。敏も、遅れて、持ち上げる

俺が、ニュースを見ると、敏もつられたように、テレビを見る。

いい傾向だ。

敏は、だんだん、俺に支配されている。

よく飼いならされた犬のように、自然に、俺の動作に、ついてくるようになった。

姿勢もよくなった。うつむいていたのが、前を見るようになった

俺の与えた洋服も板についてきたし、俺の本も早く読めるようになった。

お前に全部を残していく。

俺の思考も、嗜好も、志向も。

そして、それらで描く、未来を

全部、敏に、残していく。

俺が、パンを食べ終ると、敏も最後の一口を終え、俺が、立ち上がった直後、敏も立ち上がる。

奴は、自覚ない。これほどまで、俺に支配されていることに。

駅までの道のりも、同じ歩調でついてくる。





敏は、駅までの道中、いつものように、つまらないことを語りかけてきた。

「綾小路って名字、ホントにかっこいいね。もともと公家だったんだろ? 秀麿っていう名前もいいよね、ひでまろ、なんて読み方、特別な人みたいだ」

「そうか?」

その公家っぽさが、かえって気に障る。

「名前など、記号でしかない」

「そんなことないよ。僕なんか、名前のせいで、いじめられてきたんだから。ほら、英語にすると、ビン・ボーガミってなるだろ。実際、僕には、貧乏神が取りついているし」

バカなことをほざいている。

「お前の名前は悪くない。坊さんより上で、敏なんだ。敏は、すばしこくて、賢いという意味だ。いい名前をつけてもらった」

「そうかな。ビンボーガミなんて、呼ばれたら、ヒデだって、へこむよ」

「お前は、病院で、フルネームで呼ばれるときの、俺の恥ずかしさを知らない」

「じゃあさ」

敏は、俺に無邪気な笑顔を向けた。

「僕と名前交換しようよ」

ガキだな、こいつ。

しかし。

それは、面白い考えだ。

「そうだな、なら、お前は、綾小路秀麿だ」

確かに、いい考えだ。

記号の交換。

名前は記号にすぎないとしても

存在が、記号に左右されることもある。

「僕は、綾小路秀麿。ヒデは、坊上敏。うん、いいね」

「そうだ、お前は、俺だ。今後、俺の名前に反応しろ」

そうだろう?

そういうことだろう?

お前から言い出したことだ。

「うん、じゃあ、ヒデの立派な名前は、僕のものだ」

「言っとくが、これは、遊びじゃない」

敏は、俺の真の意図を知らないくせに、神妙に頷いた。

「僕だって、本気だ」






駅近くの路上で、若い母親の声が上がる。

「こっちよ、ヒデちゃん、早くいらっしゃい」

小さな坊やにかけられた声に、反応したのは、俺ではなく、奴だった。

いいじゃないか。

敏、これは、遊びじゃない。

駅のホームで、学生が、誰かを呼ぶ。

「待てよ、ヒデ、こっちだぜ」

ついそちらを見ているのは、奴

そうだ、板についてきた。

敏に、綾小路秀麿が、板についてきた。

名前まで、俺になる。

そうやって、全部、俺になれ。

俺として生きろ。

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