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拾い犬
あの線は、死のサインではなかった。俺の見間違いか。いや、確かに見えた。だが、ともかく、死にそうなほど惨めったらしい男は、死ななかった。

そして、今、俺の目の前にいる。顔を横切る線は、もうない。

目の前で、相変わらず、おどおどと惨めったらしい姿を晒しながら、夕食を取っている。男は、俺の家に住むことになった。

キヨ婆が、勝手に、話をつけていた。使用人のくせに、何でも勝手に決めやがる。まあ、彼女がいないとこの家は回らないのだから、仕方がない。

いや、実際、こいつが、ここにいるのは、キヨ婆のせいじゃない。俺の行動が、そうし向けたことになる。これは、間違いなく、俺の拾いものだ。

そう、目の前にいるのは、人間じゃない。

そいつは、泥のついた犬猫だ。今にも死にそうで、打ち捨てておけば、道端で勝手に死ぬ。そういう生き物だ。

だから、俺は、地べたに落ちているそれを、拾い上げることにしたのでは、なかったか。







幼いころ、拾ってきた子犬。手を振り上げるだけで、おびえて逃げる、いじめられることに慣れきった哀れな姿。

どう飼えばいいのか、わからなかった子どもではない。朝になって、命の消えたそれを見ることなど、もうない。

こいつは、生きたまま死んでる

路上で野垂れ死ぬのが宿命の犬だ。

生き返らせよう。

俺の傀儡として。

こいつを、俺の、傀儡にして、こいつに俺自身を乗り移らせよう

俺は、ちょうどいいものを手に入れた。








「悪かったな、待たせて」

「いえ、その……」

八時だ。夕食には遅い。終業後、真っ直ぐに帰るこいつには、夕食までが、長かっただろう。しかし、待つのは、当然だ。こいつには、いつだって、俺を待つ義務がある。

部屋で一人で取りたかったが、キヨ婆が、食堂で一緒に食べろと、朝から煩かった。こいつの境遇に、同情しているのだ。

「明日からは、先に食べていい。一人で食べるのが嫌なら、キヨたちと一緒に取ればいい」

「でも……」

「俺は、部活で遅くなる」

「いえ、やはり、待ちます……」

よくできた。そうだ、それが、正答だ。犬は、飼い主を待たなければならない。

俺は、内心でほくそ笑んだ。

でも、犬のままではいけない。人間になってもらう。どうやって、この惨めったらしい犬を、人間に仕立て上げるか。

「あとで、教科書持って、俺の部屋に来い」

とりあえず、こいつを手なずけなければならない。

俺は、さっさと食事を済ませると、まだのろのろ食ってる犬を置いて、先に食堂を出た。  






犬は、どうしたわけか、部屋に来なかった。迎えに行くと、驚くことに少し抵抗した。年下の俺に教わるのが嫌なのか。ならば、少しは、見込みある。どんなにささやかでも、プライドはなければならない。

俺は、歯向う犬を引きずって、部屋に、連れてきた。

教科書を開かせるが、内容を、ほとんどわかっていない。いや、わかっているが、要所を押さえていないから、全体が、飲み込めていない。

少し、教えてみて、こいつの頭が悪くないのがわかった。では、何が問題なんだ。何が、こいつを、犬にさせている。

俺は、目の前の犬が、問題を解いている最中、その横顔を眺めて、考えていた。

既に、答えはわかっている。

どうして、こいつが、何もかもダメで惨めったらしいのか、それは、今まで、ダメで惨めったらしくなるような扱いしか受けていないからだ。

自分で、自分の人生を呪っている。生まれてきて、悪かったなどと思ってる。こいつは、死なないから生きてる。それだけ。

本当に、哀れな奴だ。

こいつに、必要なのは、愛情だ。そんなことは、はなから、わかっている。

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