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見知らぬ寂しさ



脳腫瘍に侵されているのがわかったのは、去年の夏休みだった。最初に見え方がおかしくなっただけだった。色素がよく映らない。検査の結果、腫瘍のせいだと分かった。視神経付近にあるらしいそれは、進行は早くはないが、脳細胞に絡みついて、取り出せる位置ではない。

渡米中の両親は、金をつぎ込んで、必死になって、治療方法を見つけている。

いつのころからか、自分から、死の匂いが、立ちこめているのに気づいていた。いつの間にか、無意識のうちに、死の準備を始めている自分があった。

人は孤独に死ぬのなら、少し、孤独に慣れておくのもいい。
 
眼前に、冬の街並みが広がる。

頭も体も好きなように動かせるのだから、投げやりになることなど嫌だ。最後まで、自分らしく、精いっぱいに生きてみせる。

それが、運命への宣戦布告だ。死ぬなら、どれだけ短くあろうと、まっとうして死にたい。

勉強も部活も休まずに、いつも通りを続けている。普通どおりを貫き通すと決めている。

だから、今日のように、部活がなくて早く帰った日は、体を持て余して、かえって疲労がたまる。

玄関の門を過ぎても、部屋に向かう気が起きず、裏庭をぶらついて、好きな場所に来た。

座り込んだ枯葉は、心地良かった。

冬の冷たさが、ありがたい。
 
感覚を鈍磨させ、心を透明に近づける。

最後の冬かな……。

ふと、冬休みに、会ってきた親の顔を思い出し、苦しくなる。引きとめる彼らをおいて、日本に戻った。もう少し、長く過ごしてあげればよかったかもしれない。だが、病人扱いが、つらかった。俺のことで苦しむ姿を見るのがつらかった。

そして、何より、俺は、日常を貫きたかった。

もっともひどい親不孝をしようとする俺が消えた後、早く、彼らに平穏がくることを切に願う。

もう、どこまで、死の足音は、やってきているのだろう。まだ、それは、聞こえない。もしかしたら、来年もあるかもしれない。

しかし、考えるのは、やめよう。

死は誰にでも平等に訪れ、それは、いきなり、やってくることもある。そんな死へ、恐怖を抱くのは、愚かなことだ。

ただ、毎日を懸命に生きるしかない。

そうだろう?

それが俺の生き方だ。俺らしさだ。これだけは、失わない。命を奪われようと、自分らしさを奪われたりはしない。




……敏は、何をしているだろうか。

俺は、奴をずっと避けている。この家の広さをはじめてありがたいと思った。避ければ会わないで済む。

敏の寛容に、縋りたくない。

俺は、滅んでいく。滅んで行く前に十分燃え尽きて滅ぶ。

ならば、この人生も悪いものではない。

冬の街並みが、眼前に広がる。

死に近い冬という季節が、俺を、静めている。

 

 

……敏は、家にいるのだろうか。どこかに出かけているのだろうか。何をしているのだろうか。

いや、実際は、避けているのは、奴の方だ。

俺は、避けてなどいない。

以前の生活に戻っただけだ。

以前のように、食事を部屋に持ってきてもらい、部活で遅く帰り、土日は仲間と過ごし、出かけない休日には部屋で好きな本でも読んで過ごす。

敏が現れる前の生活に戻っただけだ。




ただ、毎日、玄関を通るのが嫌だった。

俺は、いつも、奴の靴を確認している。



毎日、帰ってきて、二階の窓が見えるのが嫌だった。

俺は、いつも、奴の窓の明かりを確認している。



どうしてだ。

どうして、俺の前に現れない。

どうして、姿を見せない。

どうして、それを恨めしいことのように思うんだ、俺は。

どうして。

いや、これ以上考えるのは、やめよう。

敏は、去った俺を、去らせたままにしている。それは、奴が、俺を必要とはしていないということだ。それを受け入れなければならない。

だが、俺は。

俺は、奴が。

だから、考えるのはやめろ。

考えてもどうにもならないことを考えるのは、時間の無駄だ。

早く勉強でもしよう。興味深い物理の問題を見つけている。あれに早く集中しよう。

どうして、奴がいないのが、こんなに。

時間を持て余すのは苦手だ。考えても無駄なことばかりを考えてしまう。思っても栓ないことばかりを思ってしまう。

こんなに。
 
寂しくてたまらないんだろう…………?

ああ、これは、寂しいという気持ちだ。

寂しさが、今までに味わったことがないほど積み重なったものだ。何層にも、いろんな種類の寂しさを突きつけられている。 

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あきゅろす。
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