椿の恋 6 結婚式は、安田の誕生日に重なった。大学を卒業した直後の四月一日。アホの安田は、エイプリルフールに生まれた。 それぞれに、感慨深い思いを胸に抱いている。 俺、これで、幸せになれる(安田)。 やっと金持ちになれる(カナちゃん)。 あなたの息子は、こんな立派ですよォォォオォォ(チョココロネ)。 ………………(ダディ←金以外のことはあまり考えない)。 就職したばかりの松本は、研修と重なり、残念ながら、披露宴に出席できなかった。 だが、後日、新居に、お邪魔することになった。 松本から、白い薔薇の花束と、ケーキの箱を受け取ったカナちゃんは、振り向いた途端に、ニッコリとした笑みを引っ込めて、面倒臭そうな顔になった。 紅茶、出すの、面倒くさッ。ちッ。離れには、お手伝いさんはいないのね。 新婚夫婦の新居となった家は、安田の父母が住む母屋と同じ敷地内に建てられた小さな離れ。 お手伝いさんがいてもすることもない程度の小さな家。 だから、母屋の女中も、ここには、やって来ることがなかった。 結婚後は、ソファに座って、扇子を仰いでいればいいとばかりに思っていたカナちゃんは、当てが外れて、少々、腹が立っていた。掃除も洗濯も全部自分でしなければならないのなんて、話が違うじゃないのよ。 松本が帰った後、カナちゃんは、言った。 「ねー、何で、あの人、あなたのこと、ヤッチンって呼ぶの? いい年して、失礼じゃない? あなた、会社の重役なのよ?」 安田は、ベンチャー企業に出資して、取締役の地位を得ていた。あまり、役には立っていないが、ときどき取締役会に出席すると、意見がアホすぎて、返って貴重なので、重宝されている。いずれ、代表取締役になるだろうと目されている。 「えー? でも、俺も、ルパンって呼んでるし」 「あなたたち、気味が悪いわよ、その関係。それに、何で、あんな人と付き合ってるの? あんな地味で陰気臭い人と付き合ってると、こっちまで、貧乏が移るわよ」 貧乏―――― それは、カナちゃんにとっては、最も忌むべき言葉だった。貧乏のせいで、どれだけつらい思いをしてきたことか。 貧乏なのに、見栄張りのカナちゃんは、親に頼み込んで、お嬢様高校に通った。そこで、カナちゃんは、いろいろと辛酸を舐めた。周囲に悪意はなかったのだが、気が強く高慢なカナちゃんは、他人が持っていて自分が持っていないものがあるのが、酷く悔しかった。極めつけは、高校の学費で親の金を使い果たしたカナちゃんは、系列の女子大に進学できずに、食品工場で働くことになった。華やかな世界から一転して、地味な生活になり、かつての同級生との自分の境遇の差を、逆恨みすることになった。 お金がないってね、悪いことなのよ! 金持ちは偉いの、正しいの! 貧○は、罪悪なのよ!(貧乏、という恐ろしい単語を、カナちゃんは、内心で伏字にしている) 妙な価値観を作り上げたカナちゃんの青春時代だった。 振り向くと、夫の青ざめた顔に出会い、カナちゃんは、驚く。 いつも、呑気な安田が、カナちゃんに初めて見せる、冷たい顔。 「ルパンのことを悪く言うのは、許さない。あいつは、俺にとって、一番大事な奴なんだ」 夫は、青ざめた顔でそう一言告げると、部屋を出て行った。 その一言が、カナちゃんにとって、きっかけといえばきっかけだった。 薄暗い計画の――― [*前へ][次へ#] [戻る] |