椿の恋 3 ある日、安田は、親友の松本に言った。 「あのさ、カナちゃんがね、昨日、バッグをひったくりに取られたんだって。可哀相でしょ?」 「そうだな」 「買ったばかりの財布には、下ろしたばかりの貯金が入ってたんだってさ」 「ふーん」 だから、お金を貸してあげることにしたことまでは、安田は言わなかった。 別の日には、こんなことも言った。 「あのさ、カナちゃんのお母さんが病気で入院したんだって。でも、カナちゃん、お父さんがいなくて、入院費が出せないんだって。可哀相でしょ?」 「そうだな」 だから、入院費を建て替えることにしたことまでは、やはり安田は口にしなかった。 ある日、カナちゃんと、遊園地に行くことになった。安田は、松本と、ふーちゃんを誘ってみることにした。 既に、安田は、カナちゃんと、好い仲になっている。 ある晩、カナちゃんを家まで送った帰り、流れで泊ることになり、その翌朝出された朝ご飯を見たとき、安田は、カナちゃんにぞっこんになった。 甘いべったら漬けに、みりん漬けの焼き魚、極めつけは、甘いお味噌汁。全部、甘党の安田の大好物。どれも、気が利いている。 カナちゃんといると、幸せになれるだろうな、と、安田は思い込んだ。安田は、朝ご飯でカナちゃんに釣りあげられた。 二人は、付き合うことになった。 そのダブルデートは、安田にとっては、親友にカナちゃんを紹介するためと、また、ふーちゃんへの未練を断ち切るためのものだった。 松本は、安田の誘いのために、快く予定を空けてくれた。ふーちゃんも、安田とカナちゃんが付き合っているのがわかると、誘いに応じてくれた。 当然、安田とカナちゃんがペアになるので、残った松本とふーちゃんが、隣同士になる。 松本とふーちゃんは、初対面から、打ち解けていた。女を捨てたふーちゃんと、地味だが誰とでも話を合わせられる松本は、会話も弾んでいる。 松本は、何か言うたびに、背中をバンバンやられているが、ゴリラな母親に育てられた松本には、大したことではない。ふーちゃんも、自分から逃げ出さない松本を、すっかり、気に入ったようだ。二人とも、意気投合している。 そんな二人を見て、安田は、どちらに対しても、嫉妬のようなものがムクムクと生じるのを感じた。 ルパンってば、何でそんな楽しそうな顔して、ふーちゃんと話してんの? ふーちゃんってば、もしかして、ルパンみたいなのが、タイプなの? 内心で、二人ともを自分のものにしたがっている、欲張りな感情が湧いてきそうになる。その欲張りの裏側にあるのは、寂しさ。甘えん坊の安田は、かなりの寂しがり屋なところがあり、それが、欲張りにつながっている。 だが、そんなとき、「あれ、UFOじゃない? 今、流行りのUFOよ。ホラ見て」と、カナちゃんに声を掛けられる。 「マジで?(え、UFOって今流行ってるの?)」 何が起きているのかさっぱりわからないものの、安田は一応、振り向く。 すると、目の前には、ソフトクリームがある。チョコクリームがたっぷりかかった、甘そうなソフトクリームを手に、カナちゃんが、ニッコリと笑ってくれていた。 そんなとき、安田は、幸せを感じるのだった。寂しさが埋められていく。 俺には、カナちゃんが、いる。甘いものも、ある。彼女と糖分が、俺を幸せにしてくれる…………。 安田は、カナちゃんに、ますますのめり込んでいくことになった。 ダブルデートを境に、安田は、カナちゃんとの結婚を考えるようになった。カナちゃんも、それを望んでいるらしく、毎週のデートの度に、結婚の二文字が口に出るようになった。 「結婚したら、毎日、甘い卵焼きを作ってあげるね。私、料理、好きなんだ」 「休みの日には、ブランチに、チョコフォンデュを、食べたいよね」 「子どもができたら、週に一度は、パフェパーティーをするのってどう思う?」 安田は、胃袋を、捻り絞られるようなことばかり囁かれる。 「そうだね、もし、女の子が産まれたら、糖子っていう名前はどうかな」 つい、そんな言葉を口走る。 カナちゃんが、口角をニヤリと上げた瞬間だった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |