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椿の恋
19
何だったんだ、あれは。

安田は、呆然と立ち尽くす。松本もふーちゃんも、呆気にとられている。

あれ、カナちゃん、どしたの? つか、あれ、カナちゃんなの? カナちゃんのお面かぶった化け物じゃないよね。

形相を変えて出て行った妻の顔は、安田には正視できなかった。

松本は、立ちあがった。

「ってことだ。あれが、あの女の本性だ。残念だったな」

そして、ふーちゃんも立つように促す。

「用は済んだ。帰るぜ」

「う、うん」

ふーちゃん、松本に手を引っ張られて立ちあがり、手を引かれたまま、応接間から出て行った。

手をつないだ二人の後ろ姿は、どことなく親しげに見えた。

ポツン、と一人、書斎に残された安田。

お馴染さんの寂しさに、襲われる。









カナちゃんは、金目当てで、俺と結婚したってこと?

そんな哀しい事実を、突きつけられる。

だが、困惑はない。漠然と、そう感じたことが、これまでに何度もあった。カナちゃんの本心を、今日、確信しただけのこと。

だが、夫婦として続けていけるなら、そのうち、本当の夫婦になれるだろうと、安田は、楽観的に考えていた。

安田は、ともかく、寂しかった。

本当に好きになる相手とは、結ばれることのなかった自分。

常に寂しさに、苦しめられていた。

俺は、ルパンみたいに強い人間じゃない。想いをそっと胸に抱えて、一人でも生きられるような人間じゃない。愛したいし、愛されたい。

それって、当たり前のことでしょ?

もし、カナちゃんが、俺を愛してなくても、愛してたら、愛してもらえると思ってた。でも、違ってた。

……………いや、俺、愛してなどなかったかもしれない。

ただ、おままごとをしていたのかもしれない。結婚ごっこをしてたんだ。

妻になってくれたカナちゃんに、甘えるだけだった。優しくしてくれるカナちゃんに、甘えるだけだった。

優しくしてくれないなら、要らなかった……………。

俺、カナちゃんを利用してた。自分の寂しさ埋めるために………。欲しいものを手に入れることのできない自分の寂しさを埋めるために………。

本当に欲しいと思うのは………。

…………いつも手に入らない。















「なあ、あいつ、一人にして大丈夫かな?」

安田のことが心配なふーちゃん、道端に、歩みを止める。安田家の方を振り返る。

松本も立ち止まる。そして、もぞもぞと、ポケットに手を入れた。飴玉を取り出す。

ふーちゃんが見ると、松本は、嬉しそうな笑みを浮かべていた。晴れ渡る秋空のような笑みだった。

地味で清廉とした顔つきが、途端に、子どものような明るい顔になる。

他人にはあまり見せることのない松本の笑みだった。

「ふーちゃん、これ、ヤッチンにあげてきて。あいつ、今頃、泣いてる」

幼馴染の松本には、安田のことが痛いほどよくわかる。今頃、情けない顔して泣いているはずだ。

「でも、あたしより、お前の方が、慰めるの得意だろ?」

安田の扱いには、松本の方が慣れている。そんなことは、松本自身もよく知っている。どう言えば、安田が立ち直るかなど、松本には手に取るようにわかっている。

だが、あいつに必要なのは、自分じゃない……。

松本は、ふーちゃんの手に無理矢理飴玉を押し付けた。

「いいから、いけよ。今度は、あいつから、逃げるなよ」

やがて、自分に背を向けたふーちゃんを、松本は、満足げな顔で眺めていた。







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あきゅろす。
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