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椿の恋
18
カナちゃんは、良妻の擬態を脱ぎ捨てた。欲望にまみれた本性を露わにする。

「私の、どこが可哀相なのよ、言ってみなさいよ。安田と結婚して、女磨いて、きれいな服着て、お腹一杯ご飯食べて、毎日、幸せいっぱいだわよ。他人の旦那の無事を喜んで泣いてるそこのブサイクな女より、よっぽど幸せだわよ。何か、文句ある?」

ふーちゃんは、目を見張った。カナちゃんの変貌ぶりに呆れている。

カナってば、何か、スイッチ入った? 

松本が静かに言い返す。

「ふーちゃんのほうが、よほど、幸せだ。ふーちゃんは、ヤッチンを本気で愛している。本当に人を愛することが、どれだけ幸福なことか、お前は、知らない。それを知っているふーちゃんのほうが、お前より幸せだ」

「何よ、その臭い台詞。陰気臭いあんたに、愛を語られても、笑っちゃうだけだわよ。貧乏だからってひがむのはやめてよね」

いや、別に、貧乏だとかそういう話は誰もしてないんだけど………。

ふーちゃん、突っ込みたくなったが、口を挟める雰囲気ではない。

「お前、本当に誰かを愛してみろ。何かを貰うよりも、何かを与えたくなるくらい、愛してみろ。つまらない生き方はよせ」

「貧乏人が、偉そうな口利くんじゃないわよ。世の中、すべて金なのよ。貧乏だからって、ひがむのはやめてよね」

だから、別に、誰も貧乏だからって、ひがんだりしてないけど? 別に貧乏でもないし。

ふーちゃん、やはり突っ込みたかったが、突っ込めない。

「金なんか、愛の前には、色褪せる」

「だから、いちいち、台詞が臭いのよ。あんたなんか、陰気臭いだけで十分よ」

確かに、松本の台詞は臭い。ふーちゃんもそう思った。陰気臭いかどうかは別として、台詞はかなり臭い。

普段、無口な松本は、一旦、語りだすと、長くなる。そして、口にできないような恥ずかしいことを、とうとうと語り始める、という妙な癖がある。

「愛は食べらるの? 金の切れ目が縁の切れ目。金がなくなれば、愛があっても意味がないのよ。金があっての愛なのよ」

「愛がなければ、金などあっても幸せになどなれない。お前が金を欲しがっているのは、本当の愛を知らないからだ。その人さえいてくれれば何も要らない、そう思えるような相手に出会えてないからだ。かなりひねくれてて、性格がねじ曲がってて、救いようがないくらい意地汚いお前だが、そんなお前でも、心から愛せる相手に出会えれば、本当の幸せをつかめるんだ。お前、幸せになりたいんだろ?」

利き捨てならない台詞をたくさん吐かれたような気がする……。カナちゃんは、顔が引きつった。

だが、松本の言葉が、カナちゃんの頭に反芻する。

別れた恋人への想いをひっそりと抱いたままの松本が、どんな気持ちでそんなことを告げてくるのか、カナちゃんには知りようもない。だが、胸に重く響く。

幸せになりたいか、ですって? その通りよ。

そう、カナちゃんは、金が欲しいわけじゃない。幸せになりたい。だから、金が欲しいのだ。

お金が幸せにしてくれるんですもの……。

黙り込むカナちゃんに、松本は、告げる。

「お金は幸せにはしてくれない。お前を幸せにするのは、お前自身だ。遠回りするな。お前も幸せになれ。きちんと生きてれば幸せになれる。変な考えは抱くな」

カナちゃんから一瞬も視線を逸らせないで、松本はそんなことを告げてくる。

「お前も、まっすぐ幸せになれ」

最後にそう言った松本の声音はどういうわけか、優しく響いた。

カナちゃんは、黙り込んだままだった。口を開こうとしたが、言葉が出なかった。

臭い台詞を、無事、連発し終えた松本も、それ以上何かを言うことはなかった。

だが、その場の雰囲気は、最悪のままだった。睨みあう、二人。

どうしよう、これ、どうしよう………。ふーちゃん、一人悩むも、どうしようもない。

そこに、間の悪い男、安田が入ってきた。

鼻歌交じりに、部屋に入ってきては、呑気そうな口を開く。

「あれ? どうしたの? みんな元気ないね。お腹空いた? パフェの出前でも頼もうか?」

安田の呑気さは、たまに、イラッとさせる。ただでさえ、いろいろ動揺しているカナちゃん。そんなカナちゃんに何事かが起きる。

すくッと立ちあがったカナちゃちゃん。顔付きが、尋常ではない。

「じゃかあしいわッ。男の癖に、パフェパフェパフェパフェ、煩えんだよ! あたしゃ、ホントは、甘党の男は、大っ嫌いなんだよ」

一同、しばし、唖然。

パフェを四回連発しても、一度も舌を噛まなかったカナちゃん、見事なブチギレっぷりだった。

目をキョトンとするしかない安田だった。

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あきゅろす。
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