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椿の恋
15
「お前、可哀相な奴だな」

いきなり降りかかった声に、カナちゃんは、身を竦めた。寝支度を終え、布団に横になったところ。

自分のしたこととはいえ、火事のせいで、今日は疲れた。

カナちゃん、中身は悪魔だが、一応、生身の人間。疲れもする。

ほっと一息ついて、次なる計画を考えているところに、いきなり男の声がしたのだ。

……もしかして、お義父さま? まさか、あのうすらハゲ、禁断の関係を強要しようなんて気を起こしたんじゃないでしょうねえ。

とび起きれば、見知った顔の男が腕組みして、こちらを見下ろしていた。いつもふてぶてしい面下げて、何を考えているのかわからない男だ。

その男が、かなちゃんを射すくめるように、睨みつけている。

で、で、出たわね、この貧○男!! 

相変わらず、陰気臭いわね。

カナちゃんは、いつの日か、こういう日が来るだろうと思っていた。

「あいつは一番大事な奴だ」と、夫が言い放ったあの夜以来、こんなふうに真っ向から、この男と、ぶつかり合う日が来るだろうと。

「何の用? 人を呼ぶわよ」

「お前、出ていけ。ヤッチンと別れろ。二度と姿を現すな。じゃないと、お前のやったこと、警察にばらす」

カナちゃん、恐ろしい程の形相で、松本を睨み返した。

何よ、この男。

あんたのせいで、私の計画、全部台無しよ。急いで決行したから、失敗したんじゃないの。あんたのせいよ。

「何か証拠でもあるの? 変なこと言わないで。大声出すわよ」

声を張り上げようとするカナちゃんが息を吸い込んだ途端、松本は、カナちゃんの背後に回り、口を抑え込んでいた。

松本は、カナちゃんの耳元に囁く。

「いいか、よく聞け。ヤッチンに何かあれば、お前を殺す。おばさんとおじさんに何かあっても、だ。俺は、お前と同種の人間だ。目的のためなら、何でもする。犯罪だろうと何だろうとやってのける」

ゆっくりと囁かれる言葉。それを聞くうちに、カナちゃんの顔は、青ざめていった。

陰気臭い男が言うセリフとは思えなかった。いつも、安田を引き立てるだけのパッとしない地味男。

だが、その物言いには、凄みがある。形容できない、もの恐ろしさがあった。

カナちゃんは、悟った。

この男、その気になれば、本当に何でもやるわ………。

カナちゃんは知らないものの、実際に、松本は、そういう類の男である。警察を敵に回しても、びくともしない。いろんな犯罪を重ねても、ずる賢く逃げ切っている。

それなりの凄みもあるというもの。

口を覆った手が離れても、カナちゃんは、がたがた震えて、身動きできなかった。

やっと大声を出そうと身構えたとき、もう室内には誰もいなかった。




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