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禁じられた恋のナミダ※連載休止中
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グリーン車には、ほとんど乗客が乗っていなかった。特急列車は、停車したきり動きそうにない。不審物の確認作業中との車内アナウンスは、乗客を苛立たせるだけだった。

男はいまいましげに車窓から外を見た。窓から見える夜の街に過ぎ行く気配はない。男の高級そうなスーツの胸には、議員バッジがあった。

今度、鉄道会社の奴に会ったら、管理不足を注意してやろう。不審物ごときで遅れるとは、職務怠慢だ。鉄道会社にどれだけの補助金を流してやっていると思ってるんだ。

心の中で悪態をついたとき、何かが横切った気がして、男は目をしばつかせた。

見間違いか……? 今、大きなゴムマリのようなものが通路を過ぎたように思ったが……。

男は、ドア周辺を見回したが、変わった様子はない。疲れて錯覚を起こしたのだろう……。男は、雑誌に視線を戻そうとして、隣に、見知らぬ少年が座っていることに気づいた。通路側の席に、前を向いたまま座り、彫像のように動かない。

いつの間に……? 

少年がいる場所は、さっきまで秘書が座っていた。そういえば、秘書は、少し前にトイレに立ったきり、帰ってこない。

グリーン車は全席指定である。席を間違えたにしては、タイミングがおかしい。列車は、最後の駅を出て一時間以上も経つ。

他人の席に座り込むつもりか。図々しい。この俺を一体誰だと思っている。不届きな若者め。誰のおかげで日本は回っていると思ってるんだ。

少年は、何をするでもなく伏し目がちにして、ひっそりと座っている。その様子に邪悪なものは感じられない。華奢な体つきは、初老の自分でも容易にひねりあげてしまえそうだ。

じろじろと眺めているうちに、男の目つきは、次第に好奇心に変わってきた。

それにしても、別嬪な子じゃないか。

金髪の巻き髪は顎のところで揺れ、密度の濃い睫が、濡れた目を翳らせている。ふっくらとした唇は、熟れる間際の果実のようだった。少年ながら、別嬪という言葉がよく似合う。

真冬にもかかわらず、薄いシャツ一枚で、細身のパンツをはいている。耳に小さなピアス、首元には金色のチェーン、そして、膝においた細い手の先には、薄紅色のネイルが光っている。

生まれ持つ容姿の美麗もさることながら、上から下まで、磨き上げられている。どうやら、堅気ではなさそうだ。その風情は、まるで、高級娼婦………。

男は、分厚い下唇を舐めた。真面目ぶった顔つきが、ニヤニヤと緩む。化けの皮がはがれ、好色そうな顔があらわれる。どんな欲望でも味わう部類の男の顔つきである。

もしかすると、俺が目当てなのか。

前後の席にSPを複数従えているという安心感に加え、目の前の相手が、か細い少年であることに、男は気が緩んでいた。

誰にも見とがめられずに俺の近くまでこれたのは、きっと関係者の差し金に違いない。俺の色好みをよく知っている奴からの献上物といったところか……。

「きみは、どこから来たのかね?」

声をかけると、少年はゆっくりと男に顔を向けた。正面を向いた顔を見て、ますます少年を気に入った男は、口元にいやらしそうな笑みを浮かべる。じっと、男を見つめ返す目は、ガラス玉のようだ。無機的なほど表情が無いところも、やたらと興味を引く。きれいで無垢で、そして官能的な子だ……。

少年は男にしなだれかかってきた。首元に少年の吐息を感じた。久しぶりに欲望がみなぎるのを感じる。おいおい大胆だな……。やはり、売女か。今日は、この子で良い夜が過ごせそうだな。

だが、そのニヤけた顔は、少年の手が動いた直後、驚愕へ、そして、恐怖に変わる。

手は、まっすぐに男の首根に伸びてきた。そして、信じがたい力が加えられていた。

男は、暴れる間もなく、自分の喉骨がきしむ音を聞いた。最近、世間をにぎわしているニュースが脳裏に浮かぶ。自分もまた、災難にあっている政府関係者に続くことになるのだろうか、と、薄く考える。SPは、何をやってる? 

消えかかる意識で、必死に助けを求めたが、静かな殺戮に止めが入ることはなかった。

男の腕が、ゆっくりとシートに落ちた。殺戮は、車両内の平穏を乱すことはなかった。

やがて、少年は、ゆらりと立ち上がった。男の死滅した脳細胞が、それを感知することはなかった。







数時間後―――

ナオの金髪は、海風に揺れていた。ナオの目の前には、どこまでも続いている真っ黒な海原がある。

ヨンファは、ナオの肩にコートをかけた。前に回ると、顔を覗き込んだ。

「甲板は寒いわ。入りましょう?」

ナオは、じっと暗闇の向こうを見つめていた。何を見ているのかはわからない。

「ダイジョウブ、海ノ音ヲ聞イテルダケ」

向こうの暗闇を見つめ続けるナオ。

この子は、殺戮のたびに、人工的になっていく。ますます鋭利になる。

ナオは、武蔵出の人形となって指令をこなしていく。

ヨンファは、ナオの唇が青ざめているのに気づいた。コートの前を合わせてやる。その首筋には、針の先ほどの小さな傷痕が残っている。

心臓から10センチと離れていない場所に、劇薬の詰まったカプセルが埋められた痕だった。

この子はどんな死に方をするのかしら―――

そう長く生きられる運命にはないだろう。それまでの間、どこまでナオが研ぎ澄まされるのか、楽しみでもあった。




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