禁じられた恋のナミダ※連載休止中 1 白いタイルに囲まれた無機質な部屋は、苦しみを与えられ続けた忌まわしい記憶の中の光景と同じものだった。しかし、記憶と異なっていたのは、冷たかったはずの拘束具に熱があるということだった。 拘束具は生身の肉体だった。ナオは、硬く引き締まった筋肉の磔(はりつけ)に、背後からきつく縛り付けられている。体中が熱い。 繰り返し打ち寄せる熱は、間断なく責め立てる快楽の波だった。燃えたぎる海原に、すがるもの一つなく溺れていく。 トモ……。 ナオは、快楽の波と波のはざまで、迷妄していた。肉体は絶え間なく与えられる刺激に感応し、更なる法悦を求めながらも、混濁した意識が束の間醒めた一瞬には、逃げようともがいている。 助けて……。 救いを求めて差し伸ばした手は、後ろから絡めとられ、シーツに押し付けられる。背後から襲い来る大波が、何度も何度もナオを難破させる。 逃げ場などない。 背後の声は囁く。熱い息で、まじないを繰り返す。お前は俺のものだ、と。 ナオの肉体には、いたるところに愉楽が深く刻み込まれていた。トモによって刻まれたものだった。何の痕跡も残さずに消えたつもりの男は、恋人の体の隅々に、その痕跡を残していた。消しようのない痕跡を。 武蔵出は、その跡を一つ一つ掘り起こし、丁寧になぞり、そして深く侵入する。 はあ……ふ……。 ナオは、武蔵出の肉体にきつく縛られ、身動きできない拘束を受けたままで、のけぞり痙攣する。何度も何度も息をする間も与えられず。 ナオは、いつしか、背後の男の肌に、頭をこすりつけていた。イヤイヤと首を横に振る。 僕の方を見て……、こっちを向いて……。 恋人のやり方で波の向こうへと連れ去っていく男。恋人の痕跡を掘り起こし、新たな快楽で穴を埋め直していく。いつしか恋人の姿に塗り重なる形……。 ナオは手を差し伸ばした。今度は、助けを求めて差し伸ばしたのではなかった。後ろに向けて、背後の男の頭を、かき抱くためだった。 僕の方を向いて……。僕の……トモ……。 もともと、トモ、などという男はこの世にいない。ナオが名も知らない正体不明のその男に対して、勝手につけた呼び名だ。きみを、トモ、と呼ぶよ、と。 ナオが呼ぶから、トモ、だった。 ナオの体に打ち込まれていた楔(くさび)は、引き抜かれ、磔は引きはがされた。 武蔵出は、隙間なく両腕で抱え込んでいたナオの体の拘束を緩め、前に倒れ込もうとする上半身を抱きとめた。力を失った体をシーツに横たえる。白い背中はところどころ赤く染まっている。乱れた息のために、肩が揺れていた。 ナオはぐったりとしながら体の向きを変えた。 金髪を数房、額に張り付かせて、武蔵出の顔を下から見上げていた。 ナオから、男の顔は室内灯の影になって、見えない。片方の眼光だけが薄く光っていた。男の輪郭は、胸の奥で強く抱いているものを上塗りしていく。 ナオは、両手でその頬を包み込んだ。頭をシーツから起こして、自分から唇を求めた。 僕のトモ……。 ナオは死んだように眠っていた。シーツから足先が出ている。片方の足には、指が一本欠落していた。しかし、欠落に気付くにはしばらく時間がかかる。その足は、すべてが揃ったものに劣らないほど自然で完全な外観をしている。4本で完全なのだと思わせる美しい造形と力強さがある。 武蔵出はナオの足をそっと持ち上げた。人の足というのは指一本欠ければ、かなりのダメージを背負う。おそらくはまともに歩けない。しかし、ナオの足は、欠損を補うに足る形へと進化していた。周辺の筋肉が発達し、不足を完全に補っているのだ。 ナオの物理的な強靭さが、ここにも発露している。その物理的な能力は超人的だと言わざるを得ない。 そして、ナオには、物理的な強靭さとは裏腹に、精神的な脆弱さがある。物理的な強靭さが、精神的な成長を抑制しているのか、あるいは、精神的な幼さもまた、必然的に備えられた特質なのか。人間兵器としての――。 ナオの精神は他者に依存的だ。たとえば餌付け、安息所の提供などで、簡単になついてしまう。 肉体的な支配で精神を支配することが容易だ。 肉体をゆだねた相手には精神をもゆだねてしまう。そして、おそらくはそれが深くなればなるほど。重ねれば重ねるほどに。 人間兵器は他者に支配されて道具となるために、精神的な脆弱さを備えられている、ということなのか。 ん……ん……。 ナオは夢見心地に、温かみを求めて、体を寄せてきた。生まれたばかりの犬猫の子どもが、目を閉じたまま、乳首を探し当てるように。 ナオは、肉体を手中におさめたものにとっては、とてつもなく使い勝手の良い道具だった。 [次へ#] [戻る] |