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禁じられた恋のナミダ※連載休止中
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「ここが、トモの家なんだね。こんな家、はじめて見るよ」

ナオは歓声を上げたが、そこにあるのは、何の変哲もない一軒家だ。かつては、代議士が住んでいたというだけあって、坪数は広く、当時はそれなりの屋敷だったのだろうが、今は、傾きかけた古家になっている。

ナオは、明るい声を出しているが、その足取りは軽いというよりは覚束ない。体力をかなり消耗しているのだ。にも拘わらず、玄関にサンダルを脱ぎ棄てて、家の中に駆け込み入ると、襖を片っ端から開けていく。

宝島に着いたばかりの少年のように目を輝かせて。

しかし、家じゅうを探検して、やがて、畳の真ん中に座りこんだナオは、その顔に失望の色を浮かべて、項垂れた。

何もない。

ここには、何もない。

トモの痕跡が、何一つ残っていない。

ここは、トモの家のはずなのに、トモの匂いが、何一つない。

どうして―――?

吾朗が差し出してきた麦茶を、ナオは、受け取らなかった。

「トモはどこ?トモは、戻っていないの?」

口に出して問うてみれば、途端に、その答えを聞きたくないと思ってしまう。もしかしたら、トモは、どこかにいってしまったのではないか、と、急に恐ろしい不安にとらわれてしまう。

言い淀む吾朗の姿に、ナオは、足元が崩れ落ちるような気がした。

「……トモは、まだ戻っていないの?ここにいないの?」

吾朗は、しぶしぶ頷いた。

「何で?日本で会おうって、言ったんだよ?何で?」

必死に尋ねてくる目。

だが、事情を知らない吾朗には、何も答えられない。

「いつ、帰ってくるの?」

ナオは、不安の中に、ある言葉を思い出していた。

ナオに恐怖を与えた男の言葉を。

どんな肉体的な痛みよりも、もっとも苦しい痛みとなった言葉を。

「もう、トモは、帰ってこないの?もしかして、トモは」

その続きを、口に出して言うことも叶わず、ナオは、口を開いたまま黙り込んだ。

真っ黒い穴が、ぽっかりとナオの足元に口を開いている。そこに落ちたら、死ぬしかない絶望の底。



――――トモは、僕を捨てたの?



トモの痕跡がないことが、ナオの不安を高まらせている。

「そのうち、帰ってくるわよ。いつもほっつき歩いている人だから」

吾朗は、努めて明るい声を出した。そうでも言わなければ、目の前の少年は、壊れてしまいそうだ。

しかし、それ以上のことは、何も言えない。吾朗にも、拓真が考えていることなど全く、わからない。




吾朗もまた、ナオと同じ不安を抱えている。

最後の電話から数日後、吾朗宛に荷物が届いた。差出人の名は知らないものだったが、付されたメモには、この家に棲みついた子分たちの解散が、告げられていた。拓真からに違いなかった。

包みの中を開けて驚いた。札束がぎっしり詰まっていた。

拓馬の舎弟気取りでいた若い衆を家から追い出すには骨が折れた。しかし、拓真の指示とあれば、無理にでも、彼らを去らせるしかなかった。

吾朗に寄こしてきた法外な額の金。これだけあれば、二人分、一生食うに困らない。なぜ、そんな金を送りつけてきたのか。そもそもなぜ、そんな金を持っているのか。

ただのゴロツキではなかったのかもしれない。

拓真が最小限のものしか持たず、常に消える準備をしながら生きている男だと、吾朗は、いつのころからか感じていた。拓馬という兄貴分としての姿も、かりそめの姿でしかないのかもしれない、と。

いつか彼は去るのかもしれないと、心の隅で予感していたものの、それでも、それが現実のものになるとは、思いたくはなかった。

恋人をあたしに預けて、自分はどこかに消えようとでもするつもり?

「最後の」と、拓真は言った。



俺の最後の恋人を囲ってくれ



確かにそう言った。

最後の、とは、どういう意味なのか。何を意味して、そんなことを言ったのか。

拓真は、何を覚悟しているのか。

その先を考えると、吾朗の胸に不吉なものがじわじわと広がる。

項垂れるナオには、到底、告げられないものだった。




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