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証―彼は僕のものになる
本当の友だちを知る
シャワールームは、黴の匂いがしていた。

秀麿は、僕の体をきれいに洗い流していく。ひどく暗い顔つきだ。一言も発さない。

シャワーを止めた後、秀麿は、バスタオルを投げ寄こした。

自分は、バスタオルを手に、シャワールームを出ていく。後手で、ドアがピシャリと閉められた。

部屋に、シャワールームがついていることなど、カーテンに隠れていて、気が付かなかった。

僕が、体を拭いて出ると、秀麿は、既に衣服を身につけていた。僕を見やると、まるで汚らしいものでも見たように、忌々しげに、目を背けた。

「出ていけ。自分で死にたがってるような奴は、許せねぇ」

壁のフックから、タオルの輪を、乱暴に外す。

僕は、思い出した。貧乏神を呼び出すために、自殺の真似事をしようとしていたことを。

秀麿は、僕が、自殺をしようとしたと誤解している?

そういえば、椅子に立って、吊るした輪を手にしているところへ、入ってきたのだから、そう考えて当然だ。

「あれは、その、いや、確かに自殺行為ではあったけど、あれは、死ぬためではなくて」

「失望だ」

秀麿は、絨毯に落ちた受験参考書を拾い上げた。彼は、この忘れ物を届けに、僕の部屋に来てくれたのだ。

しかし、それは、秀麿の手によって、半分に、引き裂かれた。

「こんなものいらねーな。お前からは、わざわざ自分で人生をダメにするような、そんな腐った匂いしかしない。少しは、マシになってきたと思ったが、てんで、クズのままだ。死ぬなら、他所で死ね」

彼は、僕の自殺行為に対して、激怒しているのだ。

秀麿の口調は厳しい。

しかし、その背中はとても苦しそうだ。

どうしてだ。僕を責め立てているのは、秀麿だろう。人生を投げ出そうとした僕を叱りつけているんだろう?

どうして、その背中は、そんなに苦しそうなんだ?

いや、それは気のせいだ。

目の前には、いつも、背筋を伸ばして立っている秀麿の後ろ姿しかない。

「ヒデ、僕は、死なないよ。死ぬつもりでやったことじゃない。もう、死にたいとは、絶対に思わない」

僕は、秀麿の腕を取って、こちらに向かせた。彼の両手を、手のひらで包みこむ。

「本当だ。これから先も、自分で死のうとは思わない。それは、ヒデのお陰なんだ。僕はもう逃げたりしない」

向き合って、秀麿の目を見る。彼は、こんなに真っ直ぐな目で、いつも、僕を見つめてくれていたのに。

僕は、友だちの意味を理解していなかった。友だちとは、何かをしてもらったり、してあげる相手じゃない。

たとえ、嫌われても、何かをしてあげたいと思ってしまう相手だ。拒否されることなど構わず、ただ、寄り添いたくなる相手だ。

そして、寄り添わせようとする心は、内側から、強くなる。

その手が、もうこちらに差し伸ばしてもらえないなら、こちらから、手を伸ばせばいい。

孤立して生きていた僕は、秀麿を通して、やっと、世界につながった。

たとえ、秀麿にはもう僕が友だちじゃなくなったとしても、僕には今も秀麿が友だちだ。

秀麿は、黙って、僕を見ていたが、やがて、呟いた。

「これからは、俺を避けて過ごせ。この家なら可能だろう」

低い呟き声だった。

無表情の下にある感情が、わからなかった。その声がとても寂しく響いてしようがなかった。

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