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恋次のクラスの午後一番の授業は、古典だった。ただでさえ眠くなるというのに、昼食を食べた後なのだ、いつもほとんどの者が机に突っ伏している。勿論恋次もその中の一人だ。
どうせ寝るならこのまま屋上で寝ていようかと恋次が思い立ったのは、一護たちと昼食をとっていた最中だ。思い立ったままにその旨を伝えると、皆はいつものことだと呆れながらも去って行ってくれた。それに、サボりの常習犯である恋次がいなくても、多少お咎めがあるくらいで今更騒ぎ立てられることもないだろう。
そういう訳でしばらくは屋上で寝ていたのだが、午後一番の授業というのは、太陽が丁度真上に来る時間帯である。遮る物のない屋上にいるには厳しく、恋次は目覚めてしまったのだから学生の本分でもある勉学に勤しもうかと、屋上を後にすることにした。
何やらあり得ないものが恋次の視界に入ってきたのは、教室に向かって歩いていた時だ。
びしょ濡れの格好の、女子生徒。いくら暑いと言っても、こんな風になるまで水を浴びるとは考えられない。しかもその女子生徒というのが、授業をサボるなんて考えられないような優等生なのだから、恋次が驚くのも無理はないだろう。
「あれ、君、授業はどうしたの?」
恋次が何を言ったらいいのかわからず、自分の方へ歩いてくる雨竜をただ見詰めていたのに対し、びしょ濡れの雨竜はいつもと変わらぬ様子で口を開いた。
何があったのかはわからないが、全身ずぶ濡れな格好というのは、少なくとも気持ちいいと言えるものではないだろう。それなのにいつも通り話しかけてくる雨竜に少し呆れながら、恋次は彼女の質問には答えず、自分が来ていたシャツを脱ぎ雨竜に渡した。
「俺が着てたのなんて嫌かもしれないけど、とりあえず羽織っておけ」
雨竜はしばらく差し出されたシャツを戸惑ったように見詰めていたが、やがて不思議そうに恋次を見上げた。
「……嫌ではないけど、保健室に行くし、濡れちゃうからいいよ」
「そんなこと気にしなくていいから、さっさと羽織れ。いくら夏でも風邪ひくぞ」
なかなか受け取らない雨竜に苛々しながら、恋次は少し強引にシャツを押しつけた。
確かに風邪をひくというのもあるのだが、びしょ濡れのシャツ一枚しか来ていない女子高生というのは、たとえ興味がない相手だとしても目に毒なのである。
「……ありがと」
興味がないと、思っていた。そもそも優等生を地で行くような彼女と自分なんて、卒業するまで話すことはないとさえ思っていた。
それなのに。
照れているのか、僅かに見える耳を赤くして俯きがちにお礼を言う雨竜から、目が離せなかった。その真っ直ぐな髪に、触れたいと思ってしまった。
濡れた細い身体を、抱きしめたいと、そう思ってしまった。
恋次はそんな風に思う自分に内心で舌を打ち、気付かれぬように溜息を吐く。
これは、恋なんかじゃない。
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