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 この場所へ来た本来の目的さえ忘れて、雨竜は女子トイレの個室に立ち尽くしていた。しかも全身びしょ濡れという、ありえない格好で。
 午後の授業はとっくに始まっている。それでも雨竜は動かなかった。というより、動けなかった。制服から水が滴るほど濡れているのだ、動けるはずがない。
 なんで自分がこんな目に合わなければならないのかと、初めは雨竜も呆然とするだけで精一杯だったが、今では理不尽な仕打ちを受けたことに対する憤りの方が勝っている。仕返しをしてやりたくとも、雨竜が個室に入った途端に頭から水をかけられたのだ。顔なんてわからない。唯一の手掛かりとも言えるのは声だが、交友関係の狭い雨竜には誰が誰だか到底区別できそうもなかった。
 けれど、個室の外から嫌味ったらしく言われた言葉なら、覚えている。
 幼馴染だからって調子に乗って黒崎君に近付くな。
 可愛くないくせに阿散井君の傍にいるなんて許せない。
 井上織姫にまで取り入ろうとするなんて最低だ。
 大体は、こんな内容だった。考えるまでもなく、醜い嫉妬からこのような行動に出たのだろう。確かに一護とは幼馴染だが、それ以上でも以下でもない。恋次とも当然そんな関係ではないし、織姫に取り入ろうだなんて考えたこともなかったのに。
 声に出さず一通り憤ったところで、雨竜の中には怒りを通り越して呆れのような気持ちが湧き上がってきた。
 今時、こんな古典的な方法を取る女子高生たちも珍しい。そもそも雨竜は今時の女子高生を知らないのだから何が普通なのかはわからないが、それでもこれが一昔前のいじめ方だということはよくわかっている。
 そこまで考えて、雨竜は思わず溜息を吐いた。
 今が夏とは言え、このままこうしていても制服は乾かないだろう。保健室に行って代わりの制服を借りてくるしかない。この際、廊下に水が滴るくらいは勘弁してもらおう。
 雨竜は誰に見せるともなく小さく頷き、十数分ぶりに、ようやく女子トイレの個室から出る決心をした。



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あきゅろす。
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