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 雨竜は少し前から寄越されるようになった不躾な視線に、顔には出さないものの辟易としていた。何かを言いたいならば直接言えばいいし、言う度胸がないのなら放っておいて欲しい。別段人の目が気になるというわけではないが、監視されているようで鬱陶しい事この上ない。
 一護との関係を邪推され、有ること無いこと吹聴されるのは慣れている。けれど今回はどうやら少し違うらしい。話す相手がいなく、積極的に噂について聞こうとしない雨竜がわかっているのは、せいぜいそこまでだった。
「ねえ石田さん、今日一緒にお昼食べようよ」
 四時限目を終えて教科書やノートを片付けていると、明るい、けれど何処か躊躇いがちな声が頭の上から聞こえてきた。いつも自分を誘う声はもっとぶっきらぼうで低かったはずだ。そんな風に訝しく思いながら顔を上げると、そこには同級生である井上織姫が笑顔で立っていた。
 井上織姫と言えば、天然の気はあるが頭も運動神経も容姿も良く、男子からも女子からも人気が高い学校のアイドルだ。いつも一人でいる雨竜とは対照的に、周りには常に誰かがいる。
 そんな彼女が何故自分を誘うのか、雨竜には到底理解できなかった。だから少しの間織姫の笑顔を見詰め、考える。しばらくの間そのままの態勢が続き、雨竜はようやく閃いた。
「僕、黒崎とはなんでもないよ」
「え?」
 黒崎との関係を聞きたかったのだろうと思い端的に答えたが、織姫の反応は本当にわけがわからない、といったものだった。間違えたかなと思い、雨竜はますます困惑してしまう。一護関連でないならば、彼女が自分を誘う理由に思い当たる節がない。
「黒崎のことを聞きたくて誘ったんだと思ったけど……違ったかな?」
 雨竜の言葉に織姫は一瞬驚いたように目を見開いたが、ばたばたと手を振りながら慌てて否定した。そんな彼女の顔が赤くなっていることに雨竜は気付いたが、見なかったことにする。
「いや、違うんだよ!そりゃあちょっとは気になるけどね、でもお昼に誘ったのはそういうことじゃないんだよ!」
 そこで織姫は落ち着きを取り戻し、先程のものとは何処か違う、優しげな笑みを浮かべた。
「本当はずっと誘いたかったんだよ。でも中々声をかけるタイミングが掴めなくて……その内黒崎君に先を越されるし。だから今日は黒崎君に取られちゃう前に私が誘おうと思って。ねえ、迷惑だったかな?」
 恐らく、それらの言葉は織姫の本心だろう。この笑顔が嘘であるはずがない。あまり人との接触を持ったことのない雨竜にも、それだけはよくわかった。
 けれど、だからこそ雨竜は当惑してしまう。
「でも僕、多分井上さんが思っているような楽しい人間じゃないよ?」
 雨竜の困ったような顔に、織姫は少しの間不思議そうな顔をしていたが、すぐに弾けるような笑顔を見せた。
「そんなことないよ!だって私、今石田さんと話していてすごく楽しいもん!」
 織姫のその言葉と笑顔に、雨竜は驚きに大きく目を見開いたが、次の瞬間には無意識のうちに穏やかな笑みを浮かべていた。



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あきゅろす。
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