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「ねえ、そこのボタン、取れかけてるよ」
 雨竜のいる昼食に相変わらず慣れなくて、恋次は苦々しい思いをしながら購買のパンを口に入れる。けれど、そんなことに一切構わないで恋次に声をかけてきたのは、意外なことに彼が苦手であると決め付けた雨竜本人だった。
「あ?……別に気にならねえよ」
 白くて細い指が示す箇所を見ると、確かにワイシャツのボタンが一つ取れかけている。このまま放っといたら間違いなくなくしてしまうだろう。けれど恋次はなんと言ったらいいのかわからず、素っ気ない返事しか返せない。
「でも落ちそうだし、良かったら付け直してあげようか?」
「そんなことできるのか?」
 雨竜の提案に、恋次は返事するよりも早く疑問が口を衝いて出ていた。そんな恋次に、雨竜はむっとしたように唇を尖らした。
「これでも僕は手芸部だ。できないと思っているのか」
「いや、……じゃあ頼んでもいいか?」
 思わずそう言ってしまった自分に、恋次は内心で呆れてしまう。ずっと彼女を苦手だと思っていたくせに。
 誰にも気付かれないように溜息を吐いてワイシャツを脱ごうとした瞬間、目の前に雨竜の顔が大きく映って、恋次は思わず仰け反った。
「な、何してんだよ……!」
「だからボタンを付け直すって言っただろう?」
 雨竜は何を言っているんだというような顔をして恋次を見ている。けれどそう言ってやりたいのは恋次の方だった。
 こんな風に無防備に近付かれるなんて予想外だ。よくわからないが妙な汗が背中を伝う。
「いや、中にシャツ着てるし脱ぐから待ってろよ」
「そう?」
 言い訳のように言った言葉に、雨竜は意外にもあっさりと離れた。そのことに安心して、恋次は態勢を立て直す。
 そうして、気が付いた。一護たちがじっとこちらを見ていたということに。
「へー、随分仲良くなったんだね」
 いつもの何を考えているのかわからない笑顔で水色が嬉しそうに言う。これはもちろん二人が仲良くなったことを純粋に喜んでいるわけではなく、面白そうなネタが手に入ったことに対して喜んでいるだけだ。
「いや、これはそういうことじゃ……」
「早く脱げ。時間がなくなる」
 ここで誤解を解かなければしばらくは変な噂が流れると、恋次が必死になって否定しようとしているにもかかわらず、雨竜は我関せずというように手を差し出す。おまえには水色の言葉が聞こえていないのかと怒鳴りたくなったが、まさかそんなことができるわけもなく、恋次はおとなしくワイシャツを雨竜に渡した。



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あきゅろす。
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