拍手
10
空き教室で、雨竜は恋次に押しつけられたシャツに着替える。身体が濡れているからあまり意味はないのかもしれないけれど、それでもぶっきらぼうな心遣いを無駄にしたくはなかった。
優しさが、一護と似ている。
雨竜はシャツのボタンを留めながらそんな風に思う。けれど、一護と恋次が違うということも、雨竜は痛いくらいに知っていた。
「……黒崎には、黙っていてくれないか」
まるで見張りのようにドアの向こうで佇んでいる存在に、雨竜は声をかける。返事はなかったけれど、雰囲気で相手が聞いていることはわかった。
「僕がこんな目に遭ったってわかったら、黒崎は多分気にするから」
だから、黙っていてほしい。
それだけ言って、雨竜は口を閉じた。着替えは終わったけれど、恋次の顔を見てしまったら何かが溢れてきそうで、そのまま彼の応え待つ。
恋次の声が聞こえてきたのは、それから少し経ってからだった。
「……それはいいけど、おまえは大丈夫なのか?」
「うん。……それにもう、黒崎を離してあげなきゃいけないからね」
最後の言葉は、完全な独り言である。もしかすると恋次には届いていたのかもしれなかったが、彼は何も言わないでいてくれた。
阿散井恋次が、本当は酷く優しい男であることは、知っている。横暴で、粗野で、人のことなど一切考えないような人間だと思われがちだが、実際のところそうではない。横暴に見えるのは理不尽な理由で売られた喧嘩を片っ端から買っているからだし、粗野に思われるのは不器用故にぶっきらぼうな物言いしかできないからだ。人のことなど一切考えないように見えるのは、そんな風に思われ敬遠される自分のせいで誰かを傷付けないようにするためである。
「君は、少し黒崎に似ているね」
思わず口を滑らすと、ドアの向こうの恋次が困ったように首を捻る気配がした。
ドアを開けると、想像通り恋次が珍妙な顔で雨竜を見ている。
「俺は、あいつほど馬鹿でも餓鬼でもねえと思うけど」
普段は不良然としている恋次が、至極真面目な顔でそんなことを言うから、雨竜は思わず吹き出してしまった。
「確かにね」
一護はきっと、こんな風に自分を笑わせることはできないだろう。
そう思った瞬間、それでは何故恋次ならばできるのかと考えたが、結局答えは出なかった。
けれど、今はまだ、それでいいのだろう。
自分に合わせていつもよりゆっくりと歩いてくれる恋次の隣で、雨竜はそんな風に思った。
第一部・end
[*前へ][次へ#]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!