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Long
出会い
 







厚い雲に覆われた空。雨が落ちてくるのも時間の問題かもしれない。傘を忘れた僕は、雨が降る前に帰ろうと家路を急いだ。

そして、家まであと少しというところまで来た時だった。動物の呻き声がどこからともなく聞こえてきた。どうやらその声は草むらから聞こえているようだ。僕はゆっくりと声がする方に近づいていった。

草むらを進んでいくと、明らかに草とは違う、獣の毛のようなものが目に入った。恐らくこれが、声の主なのだろう。そっと、獣を覆っている草を退けてやる。すると、そこには綺麗な灰色の狼が横たわっていた。

僕は思わず息を呑んでしまった。間違いない。今目の前に横たわっている生き物は、例の狼だ。

よく見ると、足に怪我をしているようだった。それも、一ヶ所ではない。赤い血が青々と茂る葉を染めて、土にまで染み込んでいる。恐らく村の住人が仕掛けた罠に掛かってしまったのだろう。


「っ、大丈夫ですか!?酷い傷…誰がこんなことを…」


いつもの美しい黄金がかった瞳は、今は閉じられていて見ることができない。荒い息遣いが僕の鼓動を速くしていく。気づけば背中には嫌な汗が流れていた。

とにかく、一刻も早く助けなければ。そう思った僕は、持っていたタオルで止血をして急いで家へと連れて帰った。





***





家に着いてから、僕は急いで手当てをした。彼は尚もぐったりとしている。取り急ぎ消毒してやると、足がビクリと動いた。

大丈夫。彼はまだ生きている。
どうか元気になってほしい。そう願いながら、必死で手を動かした。

狼は賢い動物だ。こちらが敵意を向けなければ友好関係を築くことだってできる。それなのに、村の人間はそれを理解してくれない。
もう少し僕が住人たち説得出来ていれば、こんなことは起きなかったのだろうか。彼がこんな風に怪我をする必要も、なかったのだろうか。そう思うと悔しくて仕方がない。

情けなくて涙が出そうなのをグッと堪えて、優しく包帯を巻いてやった。苦しそうな表情を見ると、思わず胸が詰まってしまう。
せめてもの償いだとばかりにそっと頭を撫でてやる。少しでも不信感が消えるようにと、何度も何度も。
そうこうしていると、やがて彼は低く唸ってゆっくりと瞼を上げた。彼の瞳が僕を捕らえる。やっぱり、とても綺麗な瞳だった。


「目を覚ましたんですね!よかった…っ!」


僕は嬉しくなって、彼の体を抱き締めようと腕を伸ばした。しかし、彼はそれに驚いたのかまだ手当ての終わっていない体で立ち上がって、僕に怯えるように後ずさりをした。
彼は人間に傷を負わされ過ぎたのだ。人間である僕に恐怖心を覚えない方がおかしい。

それでも僕は何とか彼に警戒心を解いてほしくて、彼の体に触れようと近づいた。…それが間違いだった。
怯えている動物に容易に触れるのは逆効果だ。冷静になって考えてみればわかることなのに、とにかく必死だった僕はそんなことまで頭が回らなかった。

彼はまた低く唸って僕に向き直った。鋭い牙が一瞬で僕の網膜に焼き付く。そして彼はその牙で僕の腕に噛みついた。


「っ、は…っ痛…ぅ!」


彼の牙が腕に食い込む。本当ならば、力ずくにでも振りほどきたいほどの痛みだった。それなのに、僕にはそれができなかった。

この腕の痛みこそが、僕たち人間が彼に与えた痛みなのだ。それをどうして拒絶できるだろう。僕は噛みつかれても尚、彼の体を撫で続けた。
彼はきっと怖いのだ。人間に傷つけられることが、何よりも。ならば、せめて僕は彼の敵ではないということを教えてやりたい。彼にも味方が居ることをわかってもらいたい。


「…っ大丈夫、ですよ…怖かったですね…っ、僕の腕なら、いくら噛んでも良いから…」


どれだけ傷ついたっていい。彼が救われるのならそれで構わない。僕は根気強く彼の体に触れ続けた。

すると、ふと腕を噛む力が弱まっていくのを感じた。そして、彼は徐に傷口を舐め始めたのだ。
僕の思いが彼に通じたのかは定かでない。ただ、敵ではないと判断してくれたのに違いなかった。


「やっぱり…君は良い子ですね…」


僕はそう言って、彼の頭を撫でてやった。すると、彼は恐る恐る僕に近づいて、僕の足元に寄り添うように伏せをした。


「わかってくれたんですか…?ふふっ、本当に賢いんですね。さぁ、そっちの足にはまだ包帯を巻いていませんから、じっとしておいてくださいね」


そう言って僕はまた手当てを再開した。彼は不思議そうに僕を見つめていた。





***





手当てを終えた後、僕はお腹が減っているであろう彼のためにミルクを温めていた。
遠くから彼の視線を感じる。今の距離が、彼の警戒心の大きさなんだろう。僕は少し寂しくなってしまったが、それは仕方のないことだった。

人肌程度に温まったのを見計らって、平たい皿に移す。その皿を彼の前に持っていくと、彼は匂いを嗅いで僕をじっと見つめていた。
その表情を見て、僕はハッとした。恐らく、彼は人間から何か食べ物を貰ったことなんてない。もしかしなくても、人間から与えられた食べ物は怖いはずだ。
僕は皿の中に指を入れて自らその指を舐めた。彼はその様子をじっと眺めていた。
僕はもう一度皿に指を入れ、彼の口元にミルクにまみれた指を持っていった。すると、しばらく僕の指の匂いを怪訝そうに嗅いだ後、ぺろりと指を舐めてくれた。
安全だとわかった後は、一度も皿から顔を上げずにすべて飲み干した。よっぽどお腹が減っていたらしい。僕はそんな彼の姿を見て嬉しくなっていた。


「あ、そうだ。僕はユキと言います。君の名前を考えないといけませんね」


これからのことはわからないけれど、名前がないと色々と不便だろう。
ふと、窓の外を見ると、大粒の雨が降り出していた。地面はぬかるんでいる。もしあの時彼を見つけられなかったらと思うと恐ろしい。


「雨が降る前に君を見つけられてよかった…。そうだ、君の毛は綺麗な灰色をしているし、僕たちが出会った時に空は曇っていたから、クモリ、なんてどうですか?…って、少し適当すぎましたね…」


随分とふざけた名前だと自分でも感じて、思わず吹き出してしまった。しかし、彼は耳をピンと立てて、尻尾を大きく揺らした。


「もしかして、気に入ったんですか?じゃあ、君のことは今日からクモリって呼ぶことにしますね」


そう言って喉元を撫でてやると、嬉しそうに擦り寄ってきた。少しでも心を開いてくれたようで、何だか感動してしまった。


「とりあえず怪我が治るまで、僕が面倒を見ます。それまではここが君の家です。いいですね?クモリ」


これからのことは、本当にわからない。でも、僕はこの出来事を何かの転機だと思うことにした。

これ以上彼が傷つくところを見たくなかった。何とかしてやりたいのにやり方がわからなかった。それもこれも、今まで彼に手が届かなかったからだ。それが今、こんなに近い距離にいる。これをチャンスと言わずに何と言うのか。

僕は、さっきの返事と言わんばかりに頬を舐めてきたクモリに笑いかけて、これからのことについて思いを巡らせた。








end.









こんな感じでやっていこうかと思っています。












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