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伝承異譚
−−安息と渇き−−
−−安息と渇き−−   




「よし、そのまま動かないで。」
「表情はそれでいい。」

ここは、町の一室。
安アパートの中。
青年は一筆一筆、丹念に少年を追う。
少年は、退屈な時間てはあったが、
この時間が好きだった。
青年の静かなまなざしが、包み込む優しいまなざしが好きだった。
少年にとって訳の分からない感情も生まれていた。
それは、父への思慕に似たものかは解らない。
でも、その感情は、ますます彼を魅力的にも、していた。

青年もまた、日々変わっていく少年の表情に惹かれていた。
自分を乞ような真っ直ぐな、そのまなざしがいっそう彼を掻き立てていた。
時には時間を忘れるくらい激しく、
時にはさざ波のように、静かに、
熱心に絵を描かせていた。
気が付くともう、ずいぶん時間が経ってしまっていた。

「よし、休憩だ。お昼にしよう。」
と、ふと、時間に気付いた彼は言った。

一切れのパンとミルクが彼らの食事だった。
画家とはいえ、まだ無名に等しかった彼には、これが精一杯の食事だった。

窓の外では、待ちかねたように数羽の小鳥が入ってきた。
その、僅かな食事を与えてしまうその姿はまるで天使のよう。
青年は、彼がとても愛しくなった。
でも、同時に不可侵な意識も生まれていた。
誰も、この少年を汚してはならない。

絵は完成間近だった。
少年の表情は僅かながら、かげりを持たせ始める。
最初は疲れのせいだと思っていた。
白い透き通る肌は青白くなっていった。

少年は、渇きを憶えていた。
「食事」をもう、ずいぶん、とっていなかった。
乾きはもう、限界に近かった。





深夜だった。
青年は、息苦しさと共に目が覚める。
意識は朦朧としていた。

首にかけられたこの冷たいものはなんだ・・・。
この脱力感はなんだ・・。
重くなった瞼を開ける。

それは・・・・。
暗闇の中に光る双眸だった。
二つの双眸は蒼白い光を放ちながら、
私を見据えていた。




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